戦争と映画と(その3)
~これぞ陰謀論の原点か~
戦時中に製作された「戦争映画」の中でもかなりの異色作を取り上げる。
東京スパイ大作戦 (1945)※昭和20年
監督・フランク・ロイド
主演・ジェームズ・ギャグニー
邦題が示すとおり、戦闘アクション物ではなく一種のスパイ物である。
原題は Blood on the Sun なので「血塗られた日の丸」とでもいうのだろう。
テーマはあの「田中上奏文」である。
昭和2年から4年まで総理大臣を務めた田中義一が天皇に対して世界征服の手順として中国を侵略する計画を説明している「田中上奏文」だが、陰謀論者は別としてこれを本物だと思っている人はいないだろう。
しかしこれがアメリカで「暴露」されるや中国から反日プロパガンダとして利用され、日本は国連での答弁を求められたりした。世界はこの文書で反日に傾き、日本はついに外交的敗北を喫することになった。
ふふふ、朝日新聞の慰安婦強制連行記事と同様のことが昭和の初めにもあったのである。
こういうのを「歴史は繰り返す」と言うのかな。
昭和2年3月24日、蒋介石の国民党軍は首都であった南京に入城し、外国領事館を襲撃した。これが南京事件である。さらに4月3日には日本人居留民が襲撃される漢口事件が起きている。
この南京事件の際、日本領事館を警備していた海軍陸戦隊は反撃を禁じられていたため、領事館内の日本人は一方的に暴行や略奪を受けた。
警備の海軍陸戦隊員は10人しかいなかったので仕方ないのかもしれないが、このようなていたらくが軍国主義か?
事件中、領事館駐在の根本博陸軍武官と木村領事館警察署長は金庫を守って暴徒(中国人)に銃剣で刺され、領事婦人も陵辱された。
領事館にいた約30名の女性は全員陵辱され、暴徒が奪おうとした指輪が抜けなかった女性は指ごと切り落とされてしまった。
泣き叫ぶ女性を前にして僅か10人の兵士は黙って見ているしかなかったという。
まあ、たった10人で抵抗しても暴徒の反撃にあって領事館内の日本人全員が殺されただろう。そう考えれば「武器を使用しない平和主義」も(陵辱されようが指ごと指輪を奪われようが)人の命は守ったのである。
さすがにアメリカやイギリスはこんな暢気なことはしていない。事態を収拾させるため、1時間に200発という艦砲射撃で中国軍民を死傷させた。
ちなみに日本はこの砲撃に参加していない。そんなことで軍国主義といえるのか?
このような経過があって、田中義一内閣は軍隊を大陸に派遣した(山東出兵)が、前回の「フライングタイガー」を紹介したときにも書いたが、蒋介石の国民党軍だけでは日本軍との真っ向勝負には勝てない。そこで中国側が外交戦に打って出たのが田中上奏文である。
何と言ってもこの文書、中国語で書かれたものは存在するのだが、日本語のものは無いのである。あの東京裁判のときでさえ「日本文」を発見することができなかった。
田中上奏文というのは南京事件で日米英仏伊の五カ国から突き上げを受けた中国が起死回生で仕掛けたプロパガンダ作戦なのである。
それにアメリカも乗った。南京への砲撃では暴徒どころか無関係の一般市民にも死傷者を出している。ここを突っ込まれたら痛いアメリカは艦砲射撃に参加しなかった日本に矛先を向けたのである。
なぜ日本が標的にされたか? それは無抵抗で何もしなかったからだろう。
こけだけの背景の下に作られたのが「東京スパイ大作戦」という映画である。
昭和初期の東京で、田中上奏文を暴露しようとする通信社の記者とそれを阻止しようとする田中義一首相はじめ日本政府高官たち。
何が凄いといって、あの東条英機が大佐で登場するが、俳優さんが本物そっくり! これ、リアル! 思わず微笑む。
確かに、映画に出てくるアドルフ・ヒトラーも本物そっくりだが、やっぱり似せやすいのかな。
ただ、ちょっといただけないのは、初めのほうで主人公が風呂に入っている場面があるのだが、銭湯のつもりらしいが、まるで昔のローマの公衆浴場ではないかという感じだ。アメリカの「考証」の限界だ出たか。
ストーリーは中々サスペンスフルである。急に羽振りが良くなったジャーナリストが命を狙われ、そこに主人公が巻き込まれる。敵か見方か判然としない美女の登場。付け狙われる主人公。暴力と陥穽。田中上奏文の行く末は?
アメリカ側にも日本に迎合する記者がいたり、日本側にも軍国主義に反対する高官がいたりしてバランスを取っている。アメリカ人としては小柄な主人公が大柄な日本人悪役と柔道で勝負する場面も良い。
基本的にはプロパガンダ映画なのだろうが、意外と反日臭さというのが無いのである。
しかし、何と言ってもわれわれの度肝を抜くのは、「策、破れたり」と観念した田中義一首相が切腹すること! しかもその前に「世界征服の夢」を東条英機に託す。
その切腹は「神棚の前で」という設定になっているのだが、その「神棚」たるや、祭壇と仏壇を足して二で割ったようなシロモノなのである。
たけど、「私は失敗した。この責任は取らねばならぬ」と言う田中義一が却って大物に見えてしまうのは一種のパラドックスだろう。
ラストでアメリカ大使館に逃げ込もうとする主人公を追って日本の狙撃兵が発砲するが、あの好条件で弾が当たらないというのは、これのほうがよっぽど日本を馬鹿にしている気がするぞ。
で、最後は主人公が日本側に言う「決めゼリフ」で終る。
1時間半。たっぷり楽しめるし、戦時中のアメリカの眼で見た日本というのがどのようなイメージに覆われていたか、そのあたりが垣間見れるのも面白い。
(来週に続く)
【言っておきたい古都がある・98】