徒然草の知恵(その4)
~デマは嘘とはちと違う~
まだ続く兼好法師のデマ講座。
さて、「デマ」と「嘘」とはちょっと違う。「嘘」というのは事実に反したことを言うものだが、「デマ」というのは必ずしも事実に反することを言うわけではない。
「本当のことを言っているのにデマになるのか?」
と不思議に思われるかもしれないが、要するに事実の一部や前提を省略したりして、聞く人に勝手に勘違いをさせるのである。これが政治的に活用されると「プロパガンダ」と呼ばれたりする。
たとえば、保守派の政治家の某が「基本的人権なんかないんですよ」と言った。だからこいつは憲法を無視している、とネットでなじられたと。そして「こんな奴が政治家なんて恥ずかしい」というコメントが出たりするのだが。。。
実際の発言はその前に「中国や北朝鮮には」というのが付いていて、日本のことを言ったわけではなかったと。
まあ、これがデマの手口である。右の人も左の人もネットではこの手の被害に会っているようだ。
さて、『徒然草』の第194段にデマに接した人の反応パターンが書いてある。
①そのデマを素直に受け取ってアッサリ騙される人。
②デマを信じすぎてそのデマに新たな嘘を付け加えてしまう人。
③何とも思わず、心にも留めない人。
④いささか不審には思うが、信用するでも無くしないでも無く、考え込んでしまう人。
⑤嘘だろうとは思いながら、みんなが言っているから「そういうこともあるだろう」と判断を止める人。
⑥分かったような顔をして、したり顔で微笑みながら、実は何のことか分かってない人。
⑦推測してデマを見破りながら、でも自分のほうが間違っているかもしれないと思う人。
⑧別に変ったことではないと笑い飛ばす人。
⑨デマだと分かっているのにそれを言わず、自分さえ騙されなければ良いと、他の人と同じようにしている人。
⑩デマが流された意図を知っていて自分もデマに加担する人。
さて、自分はどのパターンかな。
この辺りは現代でも変っていないようなので、今度何かの問題で万犬が一斉に吠えたら、周りの人がどのパターンかを見て楽しむのが一番良いかなと。
一般には「まっすぐ生きろ」と言うのが定番だが、本当は「斜に構えた」ほうが良いのではないかと思っている次第。
ちなみに、私は上記の③⑧⑨です。(*^o^*)
(来週に続く)
【言っておきたい古都がある・244】
『徒然草』(つれづれぐさ)は、吉田兼好(兼好法師、兼好、卜部兼好)が書いたとされる随筆。清少納言の『枕草子』、鴨長明の『方丈記』と合わせて日本三大随筆の一つと評価されている。
序段を含めて244段。文体は和漢混淆文と、仮名文字が中心の和文が混在している。序段には「つれづれなるままに」書いたと述べ、その後の各段では、兼好の思索や雑感、逸話を長短様々、順不同に語り、隠者学の一に位置づけられる。
兼好が仁和寺がある双が丘(ならびがおか)に居を構えたためか、仁和寺に関する説話が多い。