日本書紀を読んでみた(その5・完結編)
~異常事態続出の時代があった~
さて、推古天皇の時代である。この時代はいわゆる聖徳太子のほうが有名だ。
そしてこの時代の終り頃は災害が続出した時代でもある。自然災害だけではなく、日食、はてはムジナまで出てきて、中々どうして大変な時代だったようである。
推古天皇の34年目の年、6月に雪が降った。
35年目の2月に陸奥国でムジナが人に化けて歌をうたった。
36年目の3月、「日、蝕え尽きたることあり」」というから、これは日食ではないかな。
4月には雹が降った。大きさは桃の実ぐらいだったと。
これでは推古さんの心労も大変だっただろうと察する。そのせいか、臨終に際してまず田村皇子を呼んで、
「国を治めるのは至難の業であるから、軽々しい言動は慎むように」
とアドバイスしている。
さらに同じ日、こんどは山背大兄王も呼んで
「お前はまだ若いので心に思うままあれこれ言ってはいけない。周りにいる群臣の意見を聞いて従うように」
ともアドバイスしている。推古天皇は天変地異よりも舌禍事件のほうを心配しているのだ。
うーむ。今も大昔も、政治家と言うのは発言は慎重にしなければならないわけだ。
この辺りの事情は千年以上たっても変わらないのである。
最後にもうひとつだけ、ユニークなエピソードを紹介する。
斉明天皇が即位したときのことである。5月の朔日に
「空中にして龍に乗れる者有り。貌、唐人に似たり。」
というのが現れた。これが青い油の笠を着て、葛城山から飛んで行って生駒山に隠れた。それが正午前後になって住吉の上空にまた現れて、西の空に飛び去った由。
これって、UFOではないのか。宇宙人が現れたのだ。
こんな昔からUFOは日本に来ていたのだ。
かつて超常現象をこよなく愛したテレビのディレクターがいたけど、あの人は『日本書紀』を読んでいたのだろうか。
「日本書紀を読んでみた」(完)
【言っておきたい古都がある・425】