日本書紀を読んでみた(その1)
~仁と徳にも上半身と下半身がある~
去年は何やら『日本書紀』の1300年とか何かだったらしい。全く気にも留めていなかった。なので初めてこれを通読したのは偶然で、メモを取っていたものの節目の年に原稿にするのもどうかと思ったので年をずらしてこの連載のネタにさせてもらうことにした。テキストは岩波書店の日本古典文学大系である。
何といっても驚きは「80万の神々」が出てくること。八百万の神々ではないのだ。一桁少ない。まあ、時代が進めば人口も増えてくるので、神様も増えたのかもしれない。
で、古代のベールに包まれた天皇で一番知名度の高いのは仁徳天皇だろう。
高殿に登って眺めてみると、どこの家からも炊飯の煙が上がっていない。人々はこんなにも貧しいのか、と思った仁徳さんは今後3年間に亘って課税を止めることにした。そう。減税どころか、免税なのである。
3年経過して民の暮らしも良くなってきたのだが、免除期間が過ぎたのだから再び課税しようという周囲の声にもかかわらず、仁徳さんは免税をさらに3年延ばした。流石にその後は延長しなかったが。
このようにして国民生活を守った立派な天皇陛下だったわけだが、世の中、良いことばかりではない。
6年間も税金を取ってないのだから宮中の生活が窮乏してしまった。これに不満を持ったのが仁徳さんの奥さん(皇后)である。
「あなた、民のことばかり気にしてないで、少しは家庭のことも考えてください」
と、非常にご不満だったようである。
まあ、これだけならまだいい。美談の裏のちょっとしたエピソードだから。
ところが、もっと厄介なことが起きてしまったのである。
仁徳さんは八田皇女を見初めて(要するに浮気心を出したのか)妃として召し入れようとした。つま家にお妾さんを入れようとした。もちろん、こんなこと奥さん(皇后)が許すわけない。そりゃそうだ。家(宮中)のことは顧みないわ、奥さんとは別の女を入れようとするわ、これでは一般家庭の奥さんでも臍を曲げる。
ところが、あろうことか、仁徳さんは奥さんが紀伊の国に柏の葉を取りに行って留守にしたその隙に、八田皇女を宮中に引き込んだのである。何ちゅーこっちゃ、である。
こんなこと奥さんが許すわけない。奥さんは激怒して柏の葉を難波の海に投げ捨てると、そのまま大和の国に行き、山城の国に戻ると筒城宮に移り住んだ。留守中に愛人を家に引き込まれたものだから、怒り狂って「別居させてもらいます!」ということになってしまったのである。
結局、奥さんはそのまま家に帰ることなく、筒城宮でお亡くなりになる。泥沼の不倫劇はついに和解することなく終わったのであった。
で、その後、仁徳さんは八田皇女を皇后にする。奥さんが死んだので愛人を籍に入れたのだな。
ところが、仁徳さん、今度は新しい皇后の妹である雌鳥皇女が気に入って、またもや妃として宮中に入れようとしたのである。
仁徳さんは異母弟の隼別皇子を使いに出して仲を取り持つように命じたのだが、雌鳥皇女は天皇の誘いを拒否。しかも使いで来た隼別皇子と出来てしまった。おいおいおい、である。
さらに雌鳥皇女が隼を讃える歌を作ったのが仁徳さんの逆鱗に触れ、討ち手が派遣されて、雌鳥皇女と隼別皇子は伊勢の蒋代野で殺されてしまった。
仁徳さん、民は慈しんだけれど、女性関係は中々汚かったのである。
そら、アカンやないか。
(来週は雄略天皇です)
【言っておきたい古都がある・421】