家尊人卑(その4)
~伴侶が若死にしたら財産はどうなったのか~
結婚したのはいいけれど、まだ若いのに旦那さんが、あるいは奥さんが死んじゃった、なんてのは現代でもある。こんな時、江戸時代では奥さんの財産はどうなったのか。
まず、旦那さんが若くして亡くなった場合。
「277・家尊人卑(その2)」にも書いたが、旦那さんが死んでしまうと旦那のお父さん(お舅さん)に奥さんを離縁する権利があった。それを「舅去」と言ったのだが、奥さんがこれで離縁された場合、
①持参金は返さなくても良かったが、衣類道具類は返還義務がある。(律令要略)
②子供も無く、遺言も無い時は持参金・諸道具すべて返還義務がある。(地方公裁録)
③子供の無い場合は持参金の返還義務がある。(承応3年(1654)大坂町触)
共通しているのは「奥さんの衣類や道具類は奥さんに返さなければならなかった」ということ。持参金については規定が分かれている。
どうやらこのケースに関しては時代や地方の違いによって対応が異なっていたらしい。ただ、時代が下がってくるに連れて段々持参金も返さなければならないという方向に進んだものと考えられるだろう。
旦那さんが若死にしたとはいえ子供がいた場合は、その子供に持参金の相続権があったようだが、これはまた改めて紹介しよう。
次は反対に奥さんのほうが若くして亡くなってしまった場合。
①離婚ではないので持参金・持参不動産・諸道具の返還義務は無い。(律令要略)
②子供のある無しに係わらず全て奥さんの実家に返還する。(全国民事慣例類集)
③子供があるときは旦那さんの管理化のままで子供に相続させ、子供が無い時は奥さんの実家に返還する。(板倉氏新式目)
④子供が無ければ奥さんの実家に返還し、子供があれば旦那さんの家と奥さんの実家とで分配する。(全国民事慣例類集)
こちらのケースでも時代や地方によって対応が違ったようである。
ただ、どちらの場合でも奥さんの権利が阻害されているとは言えない。
これが男尊女卑ですか?
違うのである。根本にあるのは家尊人卑なのだ。
さて、ここまで検証してきたところで「持参金や衣類道具類は奥さん名義の財産である」というのは確実になった。旦那さんといえども勝手には処分できなかった。
では、奥さん名義の不動産はどうか。
これは持参金や諸道具と同じ扱いだった。
つまり離婚すれば全て奥さんに返さなければならなかったのである。
ただ持参金と同じく不動産でも旦那さんが罪を犯して財産没収の刑になったり、身代限り(破産)になったりすれば、差し押さえの対象になった。
しかし、ここにひとつ抜け道があるのだ。
ここまでの記事を読んでこられた方ならお分かりのように、離婚すれば持参金や持参不動産は奥さんに返さなければならない。
そこで、「手が後ろに回って財産没収の判決が下りそうだ」とか、「商売が行き詰ってもう破産するしかない」となった人たちは、あらかじめ離婚したのである。
財産を守るため、奉行所の役人に踏み込まれる前に三行半をサラサラと書いて奥さんに渡した。これでOKである。
あるいは身代限りの申し立てを奉行所にする前に奥さんとは離婚しておく。これでOKである。
まあ、偽装離婚というやつだ。
それと、奥さんの持参金は離婚に際しては返還するといっても、口約束だけでそうなるのではない。ちゃんと旦那さんがその旨の誓約書を書いて奥さんの実家に渡していた。書く内容も大体決まっていて、現代人に分りやすく書けば次のようになる。
「一札の事
このたび御息女○○殿を嫁にもらいましたが、縁組に際して金子○○○をご持参されたのに相違ございません。将来、不塾之儀出来れば(離婚ということになれば)何年たっていようが、子供が出来ていようが、その持参金は残らずお返しいたします。
日付
誰(旦那の名前)
誰(証人)
誰殿(奥さんの実家の人)」
というもの。
これだから逃げようが無かった。
これが男尊女卑ですか?
奥さんの財産は「奥さんの家の財産」ということだったのである。
やはり家尊人卑なのだ。
そこで次回は立場を変えて「養子」という視点から見ることにする。
(つづく)
【言っておきたい古都がある・279】