新春祇園めぐり(その3)
〜これぞ町並み探検〜
さてさて、巽橋の近くを眺めてみれば、「いかにも」という甘味処がある。
「小森」というが、パッと見た目は「高そう」で入るのに勇気が要りそうだが、店頭にメニューを掲示してくれているのが嬉しい。
あくまでも私の印象だが、過去10年間に祇園で起きた一番大きな変化は、店頭にメニューを掲示して料金を教えてくれる店が増えたことではないだろうか。
値段が分れば敷居の高さも下がろうというものだ。もちろん、ビックリして敷居が高くなる店もあるが。
伝統的な町家も外見だけはそのままで中身は居住空間ではなく、別の施設になっているものも多い。
これを「ヤドカリのようなものだ」と批判するのは簡単なのだが、維持するためにはお金もいる。
写真の町家(光で薄くなっているのが申し訳ないが)は今度この中で結婚式が出来るサービスを始めるそうである。
宣伝用の写真には和風の背景にウェディングドレスの女性が写っていたが、町家で結婚式ならばやっぱり紋付羽織袴に白無垢綿帽子ではないかな。
派手な演出などなく、両家の親戚が集まって式を挙げ、仲人さんが高砂やを唄うとか。で、仕出料理でお食事会。
披露宴というものは、新婚旅行から帰ってきて、少し落ち着いてからレストランかホテルの宴会場を借りて、友達やら会社の人をを呼んで会費制の立食パーティーでもすればよいのである。
辰巳稲荷に向かって右の道を行くと町並みの保存地区になっているので、多くの人のイメージにある京都とか祇園の姿を見ることが出来る。
中には塀越しに松が見える所もあり、これが「見越しの松」なのかと思ってしまう。
お正月と言うことで軒先に縁起物を飾っている家の少なくないが、「笑う門には福来る」で「笑門」のというお飾りも多い。
ふと上を見上げれば、鍾馗(しょうき)さんがいる。
最近では少なくなったようにも思われがちだが、それでも探せば意外と見つかるのである。
写真はボケてしまったので別にアップで撮ったものも掲載する。但し「別人」の鍾馗さんである。
鍾馗さんというのは元々は道鏡の神様で、「日本では疱瘡除けや学業成就に効があるとされる」とあるが、私は以前にこれは「火除け」だと聞いたことがある。
つまり火事を防ぐご利益があると。それも二件の家が全くずれずに真向かいに建っているとき、大屋根や小屋根の軒先に鍾馗を据えるのであると。
まあ一種の「民間信仰」だから諸説あるのだろう。あるいは地域によって考え方が違うのかもしれない。そうなればそれは地域間の文化の差ということになる。
祇園に限らず、京都の町並みに必ずと言っていいほどあるのが町内のお地蔵さんである。夏には「地蔵盆」もある。コミュニティーの核なのだ。
もう30年ほど前の話になるが、「憲法を守れ」の主張で有名な全国紙が1面で「えっ、お地蔵さんも憲法違反」という大見出しの記事を大々的に載せた。公有地にお地蔵さんがあるのは憲法違反なのだそうである。それでお地蔵さんの撤去を求める女性の活動を紹介していた。
もっとも、この時は見出しが疑問形で、「それは違うだろう」というニュアンスを出していたので、その新聞の一抹の良識を示したのかもしれない。
しかし、お地蔵さんが憲法違反ならば、たとえば市役所がクリスマスツリーを飾っても憲法違反になるだろう。
それはさておき、町内のお地蔵さんは今も健在である。
保存されている町並みを抜けて白川沿いに戻ると、そこには弁財天がある。
芸事の神様ということで芸舞妓のお参りが絶えないとか。映画やドラマでもここが写ったりする。
今年はヘビ年だが、弁財天の正体は蛇なのだそうである。
七福神の中の紅一点、美人に描かれるが本当は蛇だなんて、コワイなあ〜。
美人には気をつけたほうがいい?
「芸舞妓のお参りが絶えない」と言われるわりには、私はここで芸妓さんにも舞妓さんにも遭遇した事がない。結構行くのですがね。
そりゃあ、お座敷に出るような格好でお参りには来ないだろうが、着物を着ていれば分ると思う。
それとも、プライベートな時間に、ジーパンでも履いて来てるのかな。
想像はどんどん膨らんでいくが、それはそれとして、再び歩き出すとしよう。
(来週に続く)
【言っておきたい古都がある・32】