不破哲三さんの面白い本(完結編)
~最後にこの本を総括すると~
元日本共産党委員長・不破哲三氏の近著『文化と政治を結んで』をネタにして「戦前の日本はそんなに悪くなかった」とか「佐村河内守の一件は共産党絡み」という話をしてきたが、今回は締めくくりとしてこの本の総括をする。
冒頭の宮本顕治と宮本百合子の部分がこの本で一番面白い。
宮本百合子が『十二年』という小説を構想していながら書かないままに終った。この「謎」を解くというのを期待してしまうが、不破氏は「謎解き」はしていない。ご本人も認めるミステリ・ファンなのだから「真相はこうだ」とやってもらいたいところだが、わりと手堅かった。
で、その「謎解き」なのだが、(その2)でも書いたように、12年間投獄(うち10年は裁判が続いていた。囚人ではなく被告人だった)後に出所したのだから、当然それだけ年を取っている。夫が36歳でシャバに出てきたとき奥さんは46歳であった。この差は大きい。
裁判が続いていた夫の宮本顕治を1人で支えている間も周囲から色々言われただろうし、何より自分はどんどん年を取っていく。顕治の獄中生活が続く中、「迫り来る老い」から眼を背けることは出来ない。宮本百合子には心のどこかに「焦り」があったはずである。だから『十二年』は書けなかったのである。その当時の自分を客観的に見つめれば見つめるほど、書けなくなってしまったのである。私はそう思う。
次の章のタイトルは「本と私の交流史」で、ここでミステリの話が出るのを期待したのに出なかったという、肩透かしを食わされた章である。
不破氏自身、若い頃に「内外のミステリを乱読していた」と言ってるのだから、是非ともどんなミステリを読んでいたのか知りたいものである。近年なら島田荘司の鬱陶しい日本人論の出てくるのとか松本清張を読んでるのかとも思うけれど、もっと前からミステリを愛読されているようなので、若い頃からのミステリ談義がないというのは物足りない。
不破氏が本との関わりを述べているのは「日本共産党がんばれ図書館の会」の設立集会での講演である。こんな会があるんですね。一昨年の10月17日に出来たらしい。
いささか旧聞に属するが、平成13年に「平成の焚書事件」というのがあった。
船橋市の市立図書館の司書が自分の気に入らない言論を吐いている保守系の文化人が書いた本を廃棄処分にした件だが、その後も日本共産党に歯向かう本は図書館から消えていってるのだろうか?
水上勉と木下順二との交流の話は所謂「いい話」なので、特にコメントすることはない。
宗教者との懇談会の部分は「間違いなく、これは創価学会への牽制だな」と思って読み始めると、わりとあっさり公明党批判が出てきた。
不破氏によると公明党と創価学会は
「他の宗教にたいして、非常に排他的な態度を取っている。思想の問題でも自分の気に入らない思想に対して排他主義を取っています」
ということなのだが、この言葉は中共(中華人民共和国)やその他の共産主義国にも当てはまりそうだ。
昭和50年代、共産党幹部の自宅に盗聴器が仕掛けられるという事件があった。その後、これは「創価学会がやった」という内部告発があったけれど、ミステリファンの不破さんには是非ともこの事件の謎解きを論理的にやってもらいたかったものである。
この事件のとき、テレビのニュースで映し出された共産党幹部の自宅があまりにも豪邸だったので、見た人はそっちのほうにびっくりしてしまって肝心の盗聴事件はどこかに飛んでしまったらしい。大企業からの献金はもらわず、政党助成金も受け取らない日本共産党の偉い人たちは今でも庶民のお金では買えないような立派なお家に住んでおられるのだろうか。
そして佐村河内の件でも書いたが、京都でのコンサートにはノーベル賞の益川敏英氏も来ておられた。そのご紹介の後で「封筒にカンパを」となったわけだが、しばらくたってから思ったのだが、益川先生はコンサートのたびに引っ張り出されていたのではないか?
そりゃ、こういう有名人がいてくれたほうがカンパは集めやすい。益川先生、同じコンサートを何回も聴いているかもしれませんね。
しかしこの本、全体として共産党臭さは少ない。
で、ミステリは?
ということになるのである。
若き日にどんなのを読んでいたのだ。エラリー・クイーンは読んだのか。クロフツは? クリスティーは?
横溝正史は読んだのか。鮎川哲也は? 土屋隆夫は?
『虚無への供物』と『ドグラ・マグラ』と『黒死館殺人事件』は読んだのか。
このあたりに全く触れられていないのがこの本の欠点である。
不破哲三氏よ、いつかもっとミステリを語れ。
そしてジョン・ディクスン・カーの作品では何が一番好きか聞かせてくれ。
(完)
【言っておきたい古都がある・221】