仏の迷い道(その8)
~煩悩は下半身に宿る~
江戸時代の笑話集『きのふはけふの物語』を読むと煩悩というものに貴賎の区別は無いのが良く分かる。まあ、これだから中々悟りが開けないのだろうけど。
今回は「上(拾遺)の58」から。
田舎の尼寺でのこと。
風呂を焚かせた日に寺領の百姓たちが集まってきた。湯加減を見ようと庄屋の息子がまず風呂に入ったのだが、そこへ住職の尼さんがやって来たものだから、叱られては大変と慌てて両手で顔を隠し、裸のまま逃げたのである。
それを見た住職の尼さん、「まあ恐ろしい。あれは誰じゃ」と言うと、若い尼さんが、「顔は隠していて分かりませんが、あの一物(陰茎)は庄屋の息子のまご太郎様のものでございます」
と答えましたとさ。
どれほど結構なお持ち物だったのかは知らないが、この尼さん、それを瞼の裏にしっかりと焼き付けていたのだろうか。
ところで、その昔、お寺の浴室というのは一般にも開放されていた。もちろん毎日ではないが(そして無料でもなかったのだろうが)日を決めて誰でも利用できる公共施設だったのである。
しかも桃山時代ぐらいまでは男女の区別は無かった。つまり混浴。
だからこのエピソードは別に庄屋の息子がその風呂に入っていても悪くはないのだが、やはり住職より先に入っていたというので恐縮してしまったのだろうな。
咄嗟のときに顔を隠すというのは賢明な考えなのだが、上半身と同じく、下半身にも馴染み深かった若い尼さんが居合わせてしまったのが運の尽き。お気の毒としか言いようがない。
お次は「上(拾遺)の58」のお話。
時宗の坊さんが雨の夜の退屈しのぎに尼さんとセックスをしようと思い立ち、小者に酒を買いにやらせて、その間に行為に及んでいた。
尼さんが「死ぬ~、死ぬ~」と声を立てると、坊主のほうも「そなたが死ねば、俺も死ぬ~」
と応じていたのであった。
ところが小者は酒を買いに行かずにそれを聞いていたのである。
「酒は買ってきたか」と訊かれた小者は「買いに行かなかった」と答える。坊主が「それは何故か」と尋ねれば「お二方とも死ぬ死ぬと仰っていたので、死んでしまったら誰がお酒のお金を払うのかと思い、買いに行きませんでした」
と答えましたとさ。
坊さんも尼さんもしっかり聞かれていたのだが、この話、少し引っ掛かるとこがある。
小者が酒を買いに出たから2人はその行為に及んだはずなのだが、小者はそこにいた。2人とも小者の外出を確認しなかったのか?
小者が出て行ったと思ったからこそ「淫らな行為」に及んだはずなのだけど。
思うに、こんなことは以前にもあったに違いない。で、小者は出かけるのは面倒なのでそのまま「それ」を覗き見していたと。こう考えるほうが妥当ではないか。
それにしてもこの坊さん、尼さんとセックスするだけでも破戒僧なのに、お酒まで飲んでいたのだ。小者が「酒の代金は誰が払うか」というのを「心配」したように、現金払いではなく掛けで買っていた。つまり日常的にお酒を飲んでいたわけである。
そして酒屋も掛売りでお酒を渡していたのだから、ほとんど公然たるものだった。
あっぱれ、としか言いようがない。
『きのふはけふの物語』でも、このあたりを「般若湯」と言うのではなく、ズバリ「酒」と言っている。江戸時代にはもう坊さんでも「女も抱かない、酒も飲まない」なんて有り得ないんだと、笑い飛ばしているのだ。
本当に、今と変わらない。
いや、「昔と変わらない」と言うべきか?
(来週に続く)
【言っておきたい古都がある・168】