水に落ちた犬を叩くのは止めよ、という話・その2
~「持ち上げておいて落とす」という伝統がある~
さて、前回は前振りだけで終わってしまったので、早速本題に入らなければならない。
まずは、いよいよ論文撤回になるかもしれないという割烹着のお姉ちゃんである。
最初に問題にされたのは画像がおかしいというのと、実験内容を記した文章の一部が別の論文と酷似しているということだった。
画像に関しては、不鮮明なものを鮮明なものと取り替えたようだが、不鮮明なままだと結局「画像が不鮮明でおかしい」という人が出てきただろう。事の真偽とは関係なく、どっちに転んでもネットでは文句が出たはずである。
論文の文章のほうだが、こちらはドイツの研究者が発表したものと17行が酷似していたという。
しかし、実験の手順が一緒ならそれを記述する文章も同じでも不思議はない。まあ、同じだからと安易にコピペしたのは脇が甘いけれど。
だが重要なのは、画像も文章も本文の補足説明の部分のものであるということ。つまり、論文の主要部分とは直接関係していないのである。
ここで前回紹介した地震雲のトリックを思い出していただきたい。この問題でも「それを主張する側に都合の悪い事実」が隠されているのではないのか。
「論文の画像に疑義があり、文章にも他の論文と酷似している箇所がある」
この主張に隠された事実を加えて完全な情報にしてみよう。
「論文の主要部分とは直接関係していない補足説明のところの画像と文章に疑義と他論文との酷似箇所がある」
さて、これなら一般の人はどう思っただろうか。少なくともスキャンダル度としての印象はかなり下がったのではないだろうか。
もうひとつ。論文の共同執筆者である先生が「論文撤回の提案」をした一件。
私が引っかかりを感じたのは、「撤回の提案」はこの先生の純粋に自発的なものではなく、割烹着のお姉ちゃんが所属している理研の発生・再生科学総合研究センターの幹部2人から「論文を取り下げる以外にはないのでは」というメールが先生に届き、さらに同センターの別の幹部が電話でこの先生に「取り下げを呼びかけよ」という助言をしたという事実。
つまり、論文の撤回を求める記者会見を開いた先生にはかなりのプレッシャーがかかっていたことになる。このコラムの読者の皆さんの中にも、学者や芸術家の世界では派閥の人間関係や上下関係が非常に厳しいというのをご存知の方が多いと思う。
私はここに胡散臭いものを感じる。
それと、何かこう、論文の撤回が科学の根幹を揺るがすような話になってしまっているみたいなのだが、論文の撤回というのはそんなに珍しいものではない。
過去15年間で生命科学の分野だけでも約3000件の論文が撤回されているのだ。
つまり年間で約200件。
土日祝日を除いた平日はほぼ毎日、世界のどこかで論文が撤回されていることになる。
「論文の撤回がわが国の科学の信頼を著しく損なう」のであれば、もう世界中で科学の信頼なんてとっくの昔に地に落ちているぞ。
「地球温暖化」というのは皆さんもご存知と思うが、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の年次報告書に間違いやデータの操作が相次いで見つかった(2009年12月のCOP15)。
ふふふ、こういう所では誰も「改竄」とは言わないのだな。「操作」なのだな。
さらに7年前のIPCC第4次報告書には「ヒマラヤの氷河が2035年には消失する」という記事が科学的な裏づけがないまま掲載された。
さて、どなたか地球温暖化が信じられなくなったと批判の声を上げたかな?
要するに、その程度の問題である。
割烹着のお姉ちゃんの論文も、マスコミで騒がれなければ「15年間で3000件」の中に埋もれただけだっただろう。
だいたい、あの派手な記者会見は理研がプレスリリースとして設定したのではないのか。
「30歳の女性研究者の偉業」を演出したのは個人ではなく組織だろう。
先だっての理研の記者会見に「張本人」であるお姉ちゃんの姿はなかった。
ご本人は「自分の気持ちを話したい」と出席を希望したが、理研が「現段階で調査の当事者だから」という理由で同席させなかったのである。
本人は決して逃げてはいない。ただ、弁明の機会を奪われただけだ。
どなたか、「何で本人が出てこないんだよ」なんて言ってませんか?
論文の内容が正しいかどうかなんて私には分からない。
しかし、仮にも世界を揺るがすような大発見である限り、「簡単に作れます」というのはインスタントラーメンを作るように簡単なのではなく、「従来のとても難しい方法に比べれば簡単」なのだということぐらいは分かる。
検証のための実験で同じ細胞が作れるかどうかなんて、何日とか何週間とかのレベルで出来るものではないというぐらい、どうしようもない文系人間で自他共に認めるアナログ族の私でも理解できる。
一流の新聞社やテレビ局で報道に携わっているほどの人ならば、「世紀の大偉業」も発表の後は世界中で検証実験が行われることぐらい知っているだろう。スタートの時点でどうしてもっと抑制された扱いが出来なかったのか、不思議で仕方がない。
私はあの割烹着のお姉ちゃんは足を引っ張られたと思っている。
さて、次は耳が聞こえない振りをしていたという「作曲家」のオジサンに移るが、それは来週に続く。
【言っておきたい古都がある・74】