四千年の知恵(その11)
~韓信の股くぐり~
漢建国の功労者・韓信は若かりしころは仕事をせずにぶらぶらしていて、あちこちでもらい食いをして生きていた。ただ体だけは大きく、それに剣を下げて見てくれは偉そうだった。
そんな韓信を街の若い衆は
「どうせ役立たずの剣。その剣で俺たちを刺してみろ!」
とバカにしていたのである。
「臆病者のクセに偉そうに。そんなやつは俺の股でもくぐってろ!」
ところが、そういわれた韓信は本当にその男の股をくぐったのだった。
「ここで剣を抜いて切って捨てても何にもならない。恥は一時。俺はいつか事を成す」と。
中国四千年の知恵。くだらない事では争わない。
その甲斐あってか漢の劉邦に仕える事になった。そこで武功を揚げる。
故郷の淮陰に錦を飾った韓信さんは、かつて自分を侮辱した若い衆を探し出して「あの時、殺すのは容易かったが、それで名が挙がるわけでもない。我慢して股くぐりをしたから今の地位にまで登ることが出来たのだ」と言い、中尉(治安維持の役)の位につけた。
太っ腹ですねえ。
ただ、これには穿った見方もあって、かつて自分を股くぐりさせた相手を高い地位につけることにより、「あいつは昔、韓信様に股くぐりをさせた奴だ」という評判を高め、肩身の狭い思いをさせてやろうとしたのだと。
これが事実だとすれば、韓信さんというのはかなり嫌らしい人間ですね。
そんなやり方、感心せん。(わっ、親爺ギャグだ)
さて「股くぐり」の韓信さんだが、その後、旧知であった楚の将軍・鍾離昧を匿ったことで劉邦の不快を買う。
さらに異例の大出世に嫉妬した者が「韓信に謀反の疑いあり」と讒言したため、これに弁明する必要が出来た。
それでどうしたかというと、何と匿っていた鍾離昧に自害を促した。
韓信さん、それ感心せん。(また親爺ギャクだ)
自分の立場が悪くなったから「自殺せよ」と言うぐらいなら、最初から匿わなければ良いではないですか。
これも中国四千年の知恵かな。
「自分の都合でコロコロ変える」のに恬として恥じない。
もちろん、「誤りて改めるに憚ることなかれ」とも言うので、韓信さんは鍾離昧を匿ったのは間違いであるとして、それを改めたのかもしれない。
結局、鍾離昧は「漢王が私を血眼に探すのは私が恐ろしいからです。次は貴方の番ですぞ」と言い残して自害する。
韓信さんはその首を持参して謁見したが、やっぱり謀反の疑いありと捕縛されてしまった。
ただし、劉邦は謀反の疑いについては保留して、韓信さんを軍事的な権限のない淮陰侯へと降格させた。
「謀反」に関しては「讒言」であることが分っていたようである。ただ、劉邦も韓信さんが必要以上に大きな力を持つのは嫌だったようだ。
そりゃあ自分に取って代わろうなんて野心を持たれてはたまりませんから。
「謀反は不問」になってとりあえずは命が助かったわけだから、それで「やれやれ」と達観すれば良いのに韓信さんはそれ以降、病と称して長安の屋敷でうつうつと過ごした。
サボタージュである。
ふてくされたのかな。
旧知の間柄だからと匿った相手を自分の勝手な都合で自殺に追いやっていながら、「ふてくされる」も無いものだと思うのですが。
さて韓信さん、どうなる?
(来週に続く)
【言っておきたい古都がある・351】