京都の洋食(その5)
~今は無き名店2つ~
日本の3大洋食の話が終ったところで京都の話に持っていかねばならないのだが、京都というのは意外と洋食の名店が多い。それだけではなく新興勢力もあるというのはこのシリーズの初めにも書いたとおり。
逆に、古くから親しまれていた名店でもなくなってしまったのがある。
京極にあったムラセは「わらじ」で有名だった。トンカツであろうがビフカツであろうが肉をバンバン叩いて(?)薄く大きくしてカツにする。お皿いっぱいに広がるカツで付け合せの野菜は見えなくなっていた。
つまり江戸時代の人が履いていた草鞋ぐらいの大きさがあるカツなので「わらじ」である。
伝聞だが、本来「わらじ」というのは鯨のカツのことだったらしい。昔々、昭和も30年代とか40年代の前半だと鯨が安くてビーフやポークのかわりに鯨カツを作っていた。厚みがあると噛み切りにくいのでバンバン叩いて薄く引き延ばしたのだとか。
実際、昔は「ベーコン」と言えば鯨のベーコンの事だった。豚のベーコンというのは「想定外」だったようで、ある人の回想談。
「子どもの頃、西部劇で見たカウボーイがベーコンを焼いて食べるシーンがあった。ベーコンエッグというものがあるのも聞いていた。ベーコンといえば鯨のやつしか知らなかったので、てっきりそれだと思い、鯨のベーコンを焼いて目玉焼きと合わせてベーコンエッグを作ったが、さほど美味しいとも思わなかった。何年もたってから初めて普通の豚のベーコンが売っているのを見たとき、カウボーイが焼いていたのはこれに違いないとすぐに分った。そこで小遣いでそのベーコンを買って、正しいベーコンエッグを作って食べたが、美味しかった」
いまでは鯨のベーコンの方が高くなってしまっている。
で、ムラセに戻るが、大人になってから何の気なしに入り、これまた気まぐれでハンバーグを注文したのだが、一口食べて
「小さい頃に父親に怪獣映画に連れてきてもらって、その帰りにどこかで食べたハンバーグはこれだ!」
と思った。初めて来た店ではなかったのだ。
そのムラセも今では無い。
閉店すると分っていればもっと行ったかも。「エビフライとテキの盛り合わせ」というのも結構良かった。
また西木屋町の「コロナ洋食店」も閉店した。最後の頃、マスターは100歳近かったのではないだろうか。
晩年はいわゆる「行列の出来る店」になっていたらしいが、私が行っていた頃はそんなことなく、いつ潰れてもおかしくないようなレトロ感のある店で非常に美味しい料理を食べさせてもらったのは良い想い出であります。
コロナに初めて入ったとき、開店時間より少し早かったようなので「いいですか?」と尋ねたらマスターが、
「ええけど、飯ないで」
と一言おっしゃったわけですね。
洋食屋に限らず、お食事をするところで「飯ないで」と言われてしまうと、ひょっとして入るのを断られているのではないかとも思ったのだが、私が怪訝そんな顔をしたのだろうか、マスターが続けて
「まだ炊けてへん」
あ、そういうことでしたかと、納得した次第。
「ビールを貰いますのでご飯はいいです」と言ったら、マスターはそのままカウンターの後ろの調理場に入って行きました。
その日はビフカツを注文。これが美味かった。
お勘定のとき、私がよほど嬉しそうな顔をしていたのか、マスターが
「お気に召しましたか」
と訊いてきたのが印象的であった。それまでは結構無愛想な雰囲気だったのである。
あれはいつのことだったか、懐具合が暖かかったとき、「時価」と書いてあるエビフライに挑戦した。今日はいくらかと尋ねると、
「3600円やで」
マスターがボソッと言う。
私は頷く。
出てきたエビフライは巨大でありました。それも2匹。マジ、美味い。あれは一生忘れません。
お勘定のとき、エビフライとビールとで4200円のところを4000円ちょうどに負けてもらってしまった。多分マスターの気まぐれだったのだろう。
また、野菜サンドを注文した時、
「そんなもん野菜ばっかりやで。他のにしたらどうや」
と言われたこともあります。
酒を飲む量が増えて外食というと和食の店にばかり行くようになってからコロナとも疎遠になり、いつの間にやら歳月がたって、いつしか風の便りに閉店したのを知った。
やはりひとつの時代が終ってしまったのかなあと感じ入った次第。
(来週に続く)
【言っておきたい古都がある・315】