家尊人卑(その3)
~江戸時代、妻の財産は完全に保護されていた~
それでは前回から引き続き「日本は男尊女卑だった」という「常識」への異議申し立てを奥さんの財産の面から見て行く。
江戸時代には刑罰としての財産没収とは別に「身代限り」というのがあった。これは今で言う破産である。
奉行所から身代限りの判決を受けると、まず債権者全員のリストを作り、通達を出して集め、身代限りになった人の財産を全て処分して金に換え、それを債権者一同で均等に分配して後は免責になる。
この辺りは現代と変わらない。江戸時代というのはバリバリの法治国家だったのだ。
このとき、奥さんの財産は処分の対象から外されていた。旦那さんが商売で失敗して身代限り(破産)になっても、奥さんの財産は差し押さえられる心配はなかったわけである。
それどころか、旦那さんといえども奥さんの承諾なしに奥さん名義の財産を処分することは出来なかった。
これが男尊女卑ですか?
もし旦那さんが奥さんの同意を得ず勝手に奥さんの道具類を処分したら、奥さんの実家が旦那さんに離縁の請求ができた。つまり男尊女卑ではなく家尊人卑である。
家の物を勝手に質に入れるような酷い夫に対して、奥さんからの離婚請求は出来なかったが、奥さんの実家からは出来たのだ。これも三行半システムの抜け道といえる。
井原西鶴の『織留』巻二第二に、奥さんの衣装手道具を「借りたい」という旦那さんに、奥さんが
「借りると言っておきながら、そのまま質に入れて取り戻さないでしょ。実家のお母さんに相談してからでないと小袖ひとつも貸しません」
と拒否する場面がある。
ただし、奥さんの同意があれば処分できたわけだから、かなり酷い旦那さんで無理矢理奥さんの同意を取り付けた、なんてのはあったと思う。しかしこのケースなら、奥さんは遠い縁切寺まで行かなくても、実家か奉行所に相談すれば離婚に持ち込めた。
しかし、本当にきちんと奥さんの同意を得て処分した道具類であれば、離婚の時に返す必要はなかった。
「妻の同意があるかどうか」これが重要な要素だったのである。
この点からも男尊女卑ではなかったことが分かる。
また、奥さんから離婚を求めた場合、旦那さんに持参金の返還義務はなくなったが、奥さんのほうに離婚を求める相当の理由(家庭内暴力とか)があれば、持参金は返さなくても良いが奥さんの道具類は返還しなくてはならなかった。
これが男尊女卑ですか?
それでは、ここで江戸時代の離婚において奥さんの財産がどう扱われたかについて、これまでの話を整理しておこう。
①旦那さんが離婚を申し出た場合、奥さんの持参金や衣類諸道具類は奥さんに返還する義務があった。
②奥さんから離婚を申し出た場合、旦那さんに持参金や衣類書道具類の返還義務はなかった。
③奥さんから離婚を申し出た場合でも相当の理由(旦那の家庭内暴力とか)があるならば、衣類道具類に関しては旦那さんに返還義務があった。
④奥さんの同意を得て処分した衣類道具類については旦那さんは離婚に際して奥さんに返還する義務はなかった。
(参考・奥さんの同意がなければ旦那さんは奥さんの衣類道具類を処分できなかった)
さて、ここからはもう少し複雑なケースについて見て行くことにする。
◎ちゃんと同意を得て奥さんの道具類を質入したが、それを請け出す前に離婚という事態になった時、質屋に入っている道具を請け出すお金は誰が負担するのか?
旦那さんか? 奥さんか? それとも半分づつか?
これは明確に決まっていたかどうか定かではないのだが、慣習として定まっていたようである。
ズバリ、旦那さんの負担。男のほうが必要なお金を出さねばならなかった。(どこが男尊女卑や)
『柳多留』四編の川柳に
「去状を書く内しちを受けに遣り」
というのがあり、旦那さんが三行半を書いているあいだに奥さんが質屋へ行っていると。
「あんた、分かれるなら私の着物と道具を返してよ!」
と詰め寄る奥さんにしぶしぶお金を渡したのだろうか。
次回は離婚ではなく、旦那さんが若くして死んでしまった場合について見て行く。(つづく)
【言っておきたい古都がある・278】