暦は当たる。その秘密(その2)
~必ず当たるご託宣のテクニック~
さて、暦に記された運勢というものは「当たる!」のだという証明を続けよう。昨年1年間、私は某寺の暦がどれだけ当たるか克明に検討した。今回からはいよいよ「1年間盛運」の私が各月ごとにどうなったかをご報告する
【1月】中運。
つまり良くもなく悪くもなく、ということだろう。
おいおい。1年を通して盛運のわりには、のっけから「可もなく不可もなく」だ。ちょっと有難味が薄れる。ここでのアドバイスは
「運気に変転の要素あり」
いきなり「盛運でも悪いほうに転ぶかもしれない」というご託宣であるな。益々有難味が薄れそうだ。さらに
「順調な時も過信せず、強気の無理押しなどは慎むこと」
と仰る。そして
「実直ならば着実に成果は上りそう」
ということなのだが、これって、要するに普通のことではないか。
「変転の要素あり」だから良くなっても悪くなっても「当たり」である。こりゃハズレる心配ありませんな。
「過信も無理押しも駄目よ」というのも当たり前のこと。わざわざ言ってもらうことではない。
だいいち、「実直」なら何がしかの成果は上るだろう。これはまさに「必ず当たる」な。
で、昨年1月の私の生活なのだが、何か良いことがあったか?
あった!!!
恒例のお正月三が日のご利益ツアーに3日ともそこそこお客さんがあった。ただし、客数は右肩下がり。なるほど、「変転の要素あり」である。
この月、新たな代理店と契約成立。お客様への窓口が増えた。さらに予約のお客様からの連絡で「人数が1人増える」というのが2件あり。やはり「盛運」かな。しかしまあ、ここで増長してはいけないのだろう。
【2月】盛運。
キターッ、盛運の年の盛運の月。これで悪いことなどあるわけない?
ご託宣は
「崇門に位置し、格高く旺盛な月運」
というから大喜びしたのだが、その後すぐ
「日ごろからの徳や努力の蓄積が報われ易い時」
ということで、盛運の上に盛運が重なっていても日ごろの努力がなければ駄目なのである。つまり、何も報われることがなかったとしても、それはその人の日ごろの努力が足りないのであります。そう、これはもう絶対に外れることのないご託宣だ。さらに追い討ちをかけるように
「謙虚で誠実な態度を心掛け、周りとの調和に努めること」
と来る。
これもまた当たり前のことではないのか。こうなると、努力が報われなかったとしても、それは「謙虚さが足らなかった」ということになるのだろう。
さて私の実際の生活では
2月4日の朝、コーヒーカップが消えた!
どこを探してもない。ミステリーだと思ったのだが、その後、電子レンジの中に入っているのを見つけた。
どうやら私は前夜、余ったコーヒーを飲もうとして電子レンジで温めていて、フェイスブックを見たりしているうちに、そのまま飲むのを忘れたらしい。ついでに電子レンジに入れたということも忘れて寝てしまったのだな。で、朝になってからコーヒーカップを探しまくったと。。。
そしてさらに翌日2月5日、今度は手袋が消えた!
どこを探してもない。銀行に2件寄っているので、そこのATMコーナーで置き忘れたか、あるいはスーパーのレジの所で落としたか。
これはこう諦めるしかないと思っていたら、翌日になってコートのポケットに入っているのを発見。これも無事に見つかってよかった。
ところが2月9日、何と、何と何と、コンビニのポイントカードの「キャッシュバック・キャンペーン」に当たって1000円分、自動的にチャージされていたのである!!!
これはまさに盛運×盛運、盛運の二乗だ。
当たる当たる、暦は当たる!
2月の上旬だけでこの幸運。さあ、この後はどうなったか? そして3月はどうであったか?
(来週に続く)
【言っておきたい古都がある・223】