秘録・浦島太郎と乙姫様(後編)
~乙姫様の愛の真実~
先週の続き。別れ際に「実は私は亀だった」という乙姫様の衝撃の告白を聞いた浦島太郎は
別れ行くうわの空なるから衣ちぎり深くば又もきてみむ
と歌を返す。「うわの空」だから乙姫様の告白を聞いて呆然自失でしょうか。
そして乙姫様は「いつくしき筥」を取り出して
「相構えてこの筥(はこ)を明けさせ給ふな」
と念を押して渡します。
さて、太郎が故郷に帰ってみると、そこは
「人跡絶え果てて、虎ふす野辺となりにける」
で、これはどうしたことかと近くにいた老人に浦島のことを尋ねると、
「その浦島とやらは、はや七百年以前の事と申し伝へ候」という。
「浦島さんなんて、もう七百年も前の話ですよ」と言われて再び呆然自失。「草ふかく露しげき野辺をわけ」て「浦島の廟所」といわれる塚へ行く。そこで涙を流しながら
かりそめに出でにし跡を来てみれば虎ふす野辺となるぞかなしき
と歌を詠む。ほんのちょっと留守にしたつもりが、帰ってみたら700年もたっていた。これはあんまりだと。
しかし感覚的に3年も留守にしていたのですから、「かりそめ」とも言い難いのではないかとも思うのですけどねえ。
そのまま一本の松の木に寄り添っていたのであるが、
「亀が与えしかたみの筥、あひ構えてあけさせ給ふなと言ひけれども、今は何かせむ、あけて見ばや」
と思って明けちゃった。
「明けたらあかんよ」と言われてたけど、もうやけくそで明けてみたら、
「中より紫の雲三筋のぼりけり。これをみれば二十四五のよはひも忽ち変りはてにける」
と、定番どおり、浦島太郎はおじいさんになってしまいます。そしてその後
「さて浦島は鶴になりて、虚空に飛びのぼりける」
と、何と鶴に変身して飛んでいってしまうのです。
普通のお伽話では浦島太郎は玉手箱を空けるとおじいさんになって終わりなのに、『御伽草子』ではその後で鶴になってしまう。
これはどうしたことか。これは悲劇なのでしょうか?
いいえ、そうではありません。玉手箱を開けてしまったからには浦島太郎は鶴に変身しなければならなかったのです。そしてそれが乙姫様の愛情だった。
これがウルトラマンか仮面ライダーなら兎も角、人間が鶴に変身してしまってどうするのか。一見、どうしようもないように見えるが、浦島太郎に関しては非常に大きな意味がある。
竜宮城で3年過ごしたはずが、故郷に帰ってみると700年たっていた。700年も生きていられる人間はいない。そこで乙姫様が浦島の過した歳月を玉手箱の中に封じ込めて人間界で700年たっても生きていられるようにしてくれた。
ところが玉手箱を開けてしまったために中に入っていた歳月が襲い掛かり浦島太郎は700年分の年を取らなければならなくなったのだが、これだと人間は生きられない。そこで鶴なのである。
昔から「鶴は千年、亀は万年」と言う様に、鶴には千年の寿命があると言われている。人間のままだと死ななければならない浦島太郎も、鶴に変身したおかげで差し引きあと300年生きながらえることが出来るのだ。これはもし太郎が玉手箱を開けてしまったときのために乙姫様が用意しておいたセーフティネットだと私は考えている。愛情ですね。
かくして、浦島太郎は鶴になって飛んで行ったわけだが、乙姫様はどうなるのかな。
鶴よりも10倍も長い寿命を持つ亀だが、浦島太郎の思い出を胸に竜宮城でひっそりと暮らすのだろうか。それとも、またもや人間界に出て行って別の男をくわえ込むのでしょうか。それは誰にも分かりません。
乙姫様の浦島太郎に対する愛の物語、これにて完結。
めでたし、めでたし。(ん? 本当にめでたいのか?)
【言っておきたい古都がある・216】