神も仏もないものか
~最も忌避される悪さは何か~
世の中で一番悪い犯罪は殺人なのだろうが、宗教を「仕事」とする人たちが「これだけはやったらアカン」と思われているのはどのような悪さであろうか。
法律的な悪ではなくて、宗教的な悪として最も忌み嫌われるもの。それはズバリ
下半身スキャンダル。
臍の下のおイタ。
小指の話題。いわゆるレコ。
分かり易く言えば不純性行為である。
だいたい「結構お堅い」内容が多い『古今著聞集』にもその方面での批判というか、相手を揶揄する話がある。
まず坊さんのほうから行こう。
「巻10相撲強力第15」より。
近江の国に金(かね)という名の遊女がいた。その土地の有名な坊さんの「妻」であったという。
(まさか現役の遊女が妻のわけはないから、「貸切」だったか)
ところがこの坊さん、別の遊女と「浮気」をしたのである。
ところがところが、それがお金さんの知る所となり、ある夜、この坊さんとお金さんが「合宿」して「法師なに心なくて、れいのようにかの事くわだてんとて、またにはさまりたりけるを」
つまり、「浮気」がばれているとも知らずに、いつものようにセックスをしようとして、「股に挟まりました」と、いうことは相手の股を開かせてその間に入ったと。
するとお金さんは両足で坊さんの腰を挟みつけ思いっきり締め上げた。
初めは冗談だろうと思って「はずせ、はずせ」と言っていた坊さんにお金さんが「このクソ坊主、人を馬鹿にしおって、ほかの遊女に心を移したとは憎たらしい。思い知らせてやる」
と、物凄い力で締め上げた。すると坊さんは泡を吹いて、もう死ぬ、というギリギリのところでようやく開放してくれたと。
生臭坊主、あやうく殺されかけた。
僧侶だけではなく、神官も決して潔白ではない。
「巻第16興言利口第25」より。
伊勢神宮外宮の権禰宜が妻を迎えたとき、その下女に筑紫の国の女がいた。権禰宜はその下女が欲しい(要するに寝たいということだろう)と思い、あるときついに妻に告白したのである。
すると権禰宜の妻は「あの女は美人でもないし気立てがいいわけでもないのに、何が良くてあの女を欲しがるのか」
と尋ねた。すると権禰宜が
「昔から、つび(女陰)は筑紫つびと言って筑紫の女のモノが天下一のモノとされる。だから欲しいのだ」
とのたまう。そこで妻が
「そんなものがアテになりますか。昔から、まら(男根)は伊勢まらと言って伊勢の男のモノが天下一のモノとされますが、(伊勢の男である)あなたのまらは小さくて弱くてお粗末ではありませんか。だから筑紫の女のつびも大したことありませんよ」
と答えたので権禰宜は何も言い返せなかったとさ。
坊さんの方はすでに浮気をしていたのだが、権禰宜は「浮気したいな~」と奥さんにおねだりしている。坊さんはあからさまだが、権禰宜は奥ゆかしい。
もっとも、坊さんの方は「妻」とはいっても特定の遊女だったわけだから、ほかの遊女と寝たところで浮気にはならない。何にしても坊主にしろ権禰宜にしろ煩悩満載である。それでも権禰宜は遠慮がちだが坊さんはやりたい放題ではないか。
こんな話ができるのもそんな奴が沢山いたからではないのかな。そして下半身の悪さがいちばん嫌がられたからではないのか。
それにしても坊主は殺されかけたが、権禰宜のほうは奥さんからのウイットでやり返されている。この辺が「遊女」と「正妻」の違いということかもしれない。
しかし、もしこの権禰宜がいちいち奥さんにお伺いなどたてずに、浮気していたらどうなっていただろう?
ひょっとして、奥さんが丑の時参りかも。
多分そうだと思う。きっとそうだ。
【言っておきたい古都がある・208】
古今著聞集(ここんちょもんじゅう)
鎌倉時代、13世紀前半、伊賀守橘成季によって編纂された世俗説話集。建長6年(1254)に成立し、その後増補された。
事実に基づいた古今の説話を集成することで、懐古的な思想を今に伝えようとするものである。20巻30篇726話からなる。
今昔物語集・宇治拾遺物語とともに日本三大説話集とされる。
橘成李(たちばなのなりすえ)は官職は伊賀守で、摂政関白・九条道家の近習。