部屋の中は藪の中
~奥の部屋の中には暗い闇がある~
先週に引き続き『古今著聞集』からのエピソードである。
藪の中と言えば芥川龍之介である。1つの事件に関係者3人の言い分が全て違う。一体真相は? という作品で、黒澤明がこれを基に作った「羅生門」は日本映画の名作である。ただ、黒澤の「羅生門」は芥川の原作に新たなエピソードを付け加えて「解決編」にしていた。
そこで『古今著聞集』である。
まずは奥ゆかしく、和泉式部のお話。「巻第5(和歌第6)」より。
和泉式部がお忍びで伏見稲荷に参拝したとき、途中の田中神社のところで雨が降ってきたので、田圃で仕事をしていた童の蓑を借りて稲荷に行った。
帰りのときにその蓑を返したのだが、翌日、その童が和泉式部の所に来て文を贈った。そこには短歌が書いてあり、時雨する稲荷の山の紅葉葉は青かりしより思いそめてき
と、自分の思いを伝えてきた。
和泉式部はこの童を愛しく思って部屋の中に入れてやった。
ただ、これだけの話である。
ただ、部屋に入れてやったということは、やはりベッドインしたということであろう。
本当にそんなことがあるか?
と疑う人もいよう。
しかし和泉式部という人は
まず和泉守橘道貞と結婚したが、冷泉天皇の皇子である為尊親王と恋に落ちた。つまり不倫をした。
この親王が亡くなると、弟の敦道親王と情を通じた。つまり肉体関係を持った。
この親王が亡くなると、今度は上東門院に仕え、さらに藤原保昌と結婚。後に離婚。
「天性多感奔放で、恋愛にその生涯を終った」と言われている。
早い話がかなりの性欲の持ち主であったということではないか。
だいたい、親王2人と関係して、その関係した男性が2人とも死んでいる。
これは果たして偶然か?
2人とも毎晩和泉式部に攻められて命をすり減らしたのではないのか?
そこで、この童である。
和泉式部に部屋の中に入れてもらったところで話が完結している。
これは「後のことは読者の想像に任せます」ということなのだろうが、何はともあれ、この童は入っただけで「出てきた」という記述がない。
入ったまま出で来なかったのか?
それじゃあ、どうなった?
2人の親王のような運命を辿ったのだろうか。
そもそも和泉式部は田圃で仕事をしていた童の蓑を借りた。
ということは、この童はその後、蓑のないままで雨の中、田圃で仕事を続けたということなのか。そうなるのではないか。和泉式部のおかげで童は濡れ鼠である。
そんな仕打ちを受けて、それでも和泉式部の美しさに引寄せられるように式部の元に行ってしまった。普通、田圃で仕事をするような「シモジモ」の童が高貴な方のところに行くなんて有り得ない。でも行ってしまったのである。
そのとき和泉式部も庭から屋内に昇る段のところでこの童がいるのを見つけたとあるが、この童が来るのを期待していたのではないのか。つまり前日、蓑を返すときに何らかのやり取りがあって、式部が童に「来るように」と誘ったと。
これが正解ではないかな。
でないと、シモジモの童が高貴な方のところに臆面もなくやって来るなんて有り得ないと思う。
きっとそうだ、絶対そうだ。
和泉式部の部屋の中は藪の中なのである。
【言っておきたい古都がある・206】