fuji odyssey 3

 「富士オデッセイ」は走り出した。だがその道は不整地だった。転がりだした企画を阻害したいくつかの要素。
 ’60年代の終わり頃、ブロードウェイでロングラン公演を果たしていた「HAIR」というミュージカルがあった。そのミュージカルが日本にやってきた。演じるのは日本人だったが、その根底に流れるテーマは、ウッドストックと何ら変わらない。ヒッピー達を主人公に、物質文明ではなく、精神世界や東洋哲学に傾倒し、今までの古い価値観からの精神の開放を求め、自由、そして愛と平和を訴える、愛と平和のモチーフに花をフィーチャーした、いわゆる「フラワー・ムーブメント」。全ての根底に流れていたのは、その価値観である。音楽と言わず、芝居と言わず、この頃に同じような価値観を持った人々が作品を生みだした。映画で言えば、「アメリカン・ニューシネマ」と呼ばれるものがそれだ。「イージー・ライダー」などもその一つで、この映画なら、ご存じの読者も多いかと思われる。アメリカ映画史の中でも、ある意味金字塔的な作品だ。ミュージカルの世界では、徴兵により、若者たちの髪は短く刈られる。それに反対するレジスタンスを長髪に込めたのがラブ&ピースの信仰者であり、「髪」すなわち「HAIR」という名の作品が生まれたのだ。音源に電気楽器を多用したこのミュージカルもまた、映画と同じく、ミュージカルのエポックとして語られる事になる。
 同じ文化の下に生まれた作品はまた、使われる「薬品」も同じであった。マリファナやLSDでトランスする描写が、そのミュージカルにもあったという。もちろんアメリカでも日本でも、劇中でドラッグを使うわけではないのだが、「出演者の中に、真似たヤツがおったんやな…〈木村氏〉」。ロックに対する知識もなければ、ドラッグに対する知識もまた、当時の日本では極めて希薄であった。前例のない事件に、日本の世論は過敏に反応する。その余波は「富士オデッセイ」をモロに襲う。「健全な若者が集うイベントではないのか? マリファナとはどういうことか!? そもそもロック・フェスティバルとは何なのだ?」。 「富士オデッセイ」は、その企画だけではなくポスターも貼られ、チケットも刷り上がっていたが、この時点で知らないことに関する警戒心が再燃する。開催に向けてのイメージが、一気にネガティブになっていった。ただでさえ煩雑な準備が、さらにやりにくくなっていく。木村氏はしみじみと述懐する。「日本という国は、ネガティブな事には、村役場の隅々までが、あらゆるノウハウを持ってるね」。大蔵省に行けば「(開催する)地元の許可を取れ」と言われ、地元に行けば「元(大蔵省)からおさえて来い」と言われる。典型的なたらい回しだ。マスコミも同様だ。報道は国の側につく。大手紙は取り上げることすらしないし、芸能誌は「メンバーが来れなくなった」「契約できるわけがない」…、否定的な見出しを並べた。「日本のマスコミはおかしいね」と感じた木村氏の感想は切実なる本音だっただろう。
 結局、最後は開催を諦めざるを得なかった。これが「富士オデッセイ」という、恐らく日本初になったであろう、ロック・フェスティバルの企画から、頓挫に至るまでの顛末である。開催に向けて集められた資本は準備のために使われていたものだ。ただ単に出資者を集めて暴利をむさぼっていたわけではない。出資者に対して、信用を失った企画は、その後、再び語られることはなかった。 ローリング・ストーンズ、ジャニス・ジョプリン、ジミ・ヘンドリクス…、仮契約まで終えていただろうと言われるミュージシャンたちが、富士の裾野に集うことは、遂になかった。「ドメスティック(日本国内サイド)のプロデューサーやということで、(ローリング・ストーンズの)ミックとも電話で話したと思うよ。『春ぐらいにできたらいいなぁ』と、まぁ僕は英語が達者やないから、本人ではなかったかもしれんけど(笑)。とは言うても、(偽者が)僕に対してハッタリかましてもしゃぁないからね(笑)〈木村氏〉」。 後に木村氏は欧州を訪れた際、アムステルダムで、コペンハーゲンで、「オマエがキムラか?」と、多くの人に握手を求められたと言う。日本で企画され、実現しなかった、大手紙も取り上げなかった「富士オデッセイ」というイベントの記事は、欧州では小さな記事として掲載され、そして大きな情報として当時の欧州の若者には伝わっていた。 アジアが、極東がフィーチャーされていた頃。日本という島国に、その霊山「マウント・フジ」に、ロマンティックとエキゾチックがあった。それは「アナザーワールド」や、「異なる世界」というイメージを抱かせた。今より国同士が遠い時代、「ファーアウト」「アウトオブサイト」、そんな言葉が魅力的だった。欧州からすれば、正反対の価値観を持っている世界が、そこにはあると思われていた。オリエントに対する興味と視線があった。世界的なマーケットとして日本が考えられていた。阪神のリーグ優勝どころの話ではない、ワールドカップ・クラスのイベントになるはずだった。 富士山から始まる、オデッセイ=自由を求める放浪の旅は、道半ば、いや、道が見つからぬまま終わった。後に「ミュージックライフ」などの専門誌も取り上げることになるのだが、その中止を、最初に大々的に報じたのは、当時の京都のタウン誌「フリータウン」であった。
 それから30年近く。’97年、「富士ロックフェスティバル」の第一回目が開催された。レッド・ホット・チリ・ペッパーズやビョークと並んで、出演者の中には、ニール・ヤングがいた。クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングのメンバーとして「富士オデッセイ」にも、彼の出演が予定されていたのは皮肉な話だ。 「僕らの世代はまだ『ウッドストック』というのが頭をよぎる。話でしか聞いたことはないけど、ヒッピーの時代の、あれだけ人が集まるイベントはすげぇよな、と。でも今は別に反戦思想もないから『ノー・モア・ウォー』と思って行ってる訳じゃないし、それよりも、それまでレゲエとか、ジャズの野外フェスはあったけど、『日本初の野外ロックフェス』というのが魅力だった。思想で行こうと思ったわけではないけど、野外でロックやるのを観て酒を飲む。ロック好きとしては環境は最高やわね。出演者を観て行こうと思うヤツも多いだろうし、完全にレジャーとして考えてる」。記念すべき第1回目の富士ロックフェスティバルに行ったオーディエンスの一人のコメントである。そして彼はこう続けた。「今にして思えば、同じようなイベントでも最近の『サマーソニック』みたいな都市型のイベントと富士ロックフェスは違うとは思うね。その辺のイベントになると本当に出演者だけを目当てに行ってるヤツが多いと思うけど、富士ロックフェスには、山の中でロック好きが集まって、その辺にいる全く知らないヤツにも『オマエもロック好き?じゃぁ友達やん、イエ~』という空気はあった」。 同フェスティバルは、今年も開催されている。残念ながら、その折のインプレッションを聞く機会には恵まれなかったが、前号で紹介したヴィンセント・ギャロ氏も出演者に名を連ねていた。 今年の富士ロックを経験したオーディエンスはこう言った。「私はビョークとベン・ハーパー目当てだった。キャンプしてどうのこうのっていうよりも、アーティストを目当てに考えてた。二組以上観たいアーティストがいないと行かないかなぁと思ってたから。でも今年でハマったから(笑)、来年も行こうと思ってる。7つも8つもステージがあって、常にどこかでアーティストの音が鳴ってて、出てる人のエネルギーと観てる人のエネルギーの両方が普通じゃないから。過酷な状況に耐えて(今年は雨に祟られている)来たぞ観たぞっていう達成感みたいなものとか。それぞれ観たいステージが違うから、何人かで行っても結局別行動になるのね。携帯も繋がらないし、一旦離れたら独り行動になっちゃう。でも一人でいても、たまたま隣り合わせた子と友達になったり、『何観ました?』みたいな会話が自然にあったり、人の優しさとか、一体感があったな」。
 もし、「富士オデッセイ」が実現していたなら、そしてもし、’97年の「富士ロック」に参加したオーディエンスが、’03年に参加したオーディエンスが、そして出演者たちが、体験していたなら、どんなコメントになっていたのだろうか。興味は尽きないが、それを知る術は、もうない。今と比較する術もない。  だが毎夏、富士の裾野には、知らない人間同士が、瞬時に繋がる熱い空気がありそうだ。今の富士も、捨てたものではないのかもしれない。£ック(日本国内サイド)のプロデューサーやということで、(ローリング・ストーンズの)ミックとも電話で話したと思うよ。『春ぐらいにできたらいいなぁ』と、まぁ僕は英語が達者やないから、本人ではなかったかもしれんけど(笑)。とは言うても、(偽者が)僕に対してハッタリかましてもしゃぁないからね(笑)〈木村氏〉」。  後に木村氏は欧州を訪れた際、アムステルダムで、コペンハーゲンで、「オマエがキムラか?」と、多くの人に握手を求められたと言う。日本で企画され、実現しなかった、大手紙も取り上げなかった「富士オデッセイ」というイベントの記事は、欧州では小さな記事として掲載され、そして大きな情報として当時の欧州の若者には伝わっていた。  アジアが、極東がフィーチャーされていた頃。日本という島国に、その霊山「マウント・フジ」に、ロマンティックとエキゾチックがあった。それは「アナザーワールド」や、「異なる世界」というイメージを抱かせた。今より国同士が遠い時代、「ファーアウト」「アウトオブサイト」、そんな言葉が魅力的だった。欧州からすれば、正反対の価値観を持っている世界が、そこにはあると思われていた。オリエントに対する興味と視線があった。世界的なマーケットとして?