師走の京の電飾
点在する明かりを紡げば希望の煌めきに
師走に入ると、京の街中といえども、夜の帳に華やかな電飾が点る。
キリスト教会などに点る豆球の点滅や、キャンドルの灯りを小生は好む。
時には、LED(発光ダイオード)で煌々と光り輝くイルミネーションも良いが、あまりの明るさに気恥ずかしくなってしまう。ひと時の感激を得るには得るのだが、その後が寂しくてしょうがない。
京都の場合、イルミネーションに人が集まるのは、ロームさんの光の並木である。
光の並木に入るまでの渋滞はうんざりだが、入ってしまうと渋滞が喜ばしく、立ち往生を願っている自分に気づく。げんきんなものである。光の並木道に車を滑り込ませると、誰もがこのまま立ち止まっていたくなるだろう。
光に包まれたまま車を走らせたくロームの周りの小路を数周回ってみたが、迷惑なことだと思い、用意していただいている社内の敷地の臨時駐車場に車を止め置き、ロームの光の雑木林を散策させてもらった。
オレンジとシルバーの明かりは永遠に続いているわけではない。仕方ないことであるが、ファンタスティックな気分はお伽の国を見ずして現実に戻ってしまう。
お伽の国を求めて、次に車を南に走らせた。
南区の油小路通にある京セラさんである。
アスファルトジャングルのようなコンクリートの柱沿いを走っていると、突如、ファンタスティックなLEDの林が現れる。その林に足を踏み入れると、社屋の奥に深い森を感じさせてくれる。
玄関のガラス一面にLEDの林と夜の闇を映しだしているのである。
その先の森には何があるのだろうと想像を膨らませると、シンデレラを乗せた光の馬車がやってきそうである。前庭の彫像ともよく調和した色とりどりの光の配置とその造形は素晴らしい。
ベンチに腰を掛け深い森を眺めていたが、閑散としているせいもあってか、寒くて長居ができない。ここに暖と酒食があればと・・・、光のプレゼントに甘えた上に気ままなものである。
同じく暖と酒食があればと思いマッチに火をつけ手をかざし、時を楽しんだところがある。室町通下立売の平安女学院さんの「ピースツリー」である。
烏丸通を南に走っていると、St.Agnes教会西の校舎が光っているではないか。思わず信号を右折し、車を止め歩くことにした。
コインパーキングから真っ暗な室町通を歩いた。室町教会(室町丸太町上る東側)の巨木に掛けられた聖夜を思い起こさせる灯りが点っているだけであった。明らかに発光ダイオードとの違いがわかる。小生好みの古くからの点り方である。この教会の灯りを知る人は少ないはずだ。
その先である。暗闇のオアシスのごとく青白く明るく広がる場所が見えた。否が応にも好奇心が高まる。
校舎がオレンジ球に縁取られ、窓のあたりは文様を描くように光の球が配されていた。
近づくにつれ白や青の光が放たれているのがよくわかり、まん前にくると赤、黄、橙、緑の球がひかり、桃色の光を放っているものもあった。
円錐状に青い光に包まれたツリーがある。なんとペットボトルでこさえられていた。
まるで星や月に彩られたメルヘンの世界からの招きである。
翌日に分かったことだが、このプロデュースはアテネオリンピックのシンクロチーム銀メダリスト北尾佳奈子さんのものであった。彼女は平安女学院の卒業生で、現在職員として勤務され、イルミネーションも彼女の斬新な取り組みの一端とのことであった。
京都の地盤沈下と言われて久しいが、まだまだ捨てたものじゃないと、次代を担う人達に活躍の場を与えられているかどうかにかかっているのだと思った。
このイルミネーションの光は、まさしく人々に希望と喜びを与えていた。
昔ながらのXmasの明かりが恋しくなれば、下鴨本通に面したノートルダム女子大のクリスマスライトアップがシンプルで素敵である。夜空に浮かぶ銀色のクロスから銀の粉雪が舞い降り、二本のツリーにも降り注いでいる。
北山通に回れば、イエス・キリスト生誕の様子を描いた舞台美術がライトアップされ、大きなクリスマスツリーに電球が点滅している。イルミネーションイベントとは一線を画した降誕祭の夜を知ることができる。
北山通に出れば、the place of north(北山ウェディングストリート)を歩くのも良い。中世イタリアの建物をイメージしたロマンチックな教会やガーデン、レストランが、多くのキャンドルでライトアップされていて、ノーザンチャーチ教会は約1万個の白い光でクリスマスデコレーションが施され、ガーデンには、約3メートルのツリーが飾られている。
北山通から京都コンサートホールのある下鴨中通りまで続く約1キロのイルミネーションを歩き、府立植物園の『クリスマス・イルミネーション−観覧温室夜間開園−』に入園するコースもある。約10万球の発光ダイオードのイルミネーションが出迎えてくれる。高さ約20メートルのトウカエデのデコレーションに誰もが圧倒されるはずだ。他では見ることのできないものである。
そのほかイルミネーションイベントは、京都駅にホテルオークラなど、挙げればまだまだなくはない。
あちこちにスポットとして点在しているところを駆け巡ってきたが、どうして線で結ばないのかが不思議に思えた。
烏丸通には地理的にも無理なく結べるスポットがある。取りまとめる行政や団体に界隈形成思考がないわけでもないだろうが、個々がバラバラで、ひとつの京都パワーに育み編み上げられていないのが残念でならない。
京の希望の光が点ろうとも、風前の灯火のごとくに消え去る暗示でないことを願う。