千日詣の愛宕さん
獣道を歩く夏越の夜のご利益
おそらく、「火廼要慎(ひのようじん)」と書かれたお札を知らない人はいないだろう。飲食店の厨房は言うに及ばず、京都の家庭の台所、事業所など、いたるところで貼られているのを目にする。
これは愛宕(あたご)神社の火伏札である。
「愛宕さん 愛宕さん」と呼ばれ、広く親しまれているのは、カマド神として身近にあったからであろう。「おくどさん」に貼ってあった幼少の頃を思い出す。
「伊勢に7度、熊野に3度、愛宕さんへは月参り」と言いながら、祖母は薪をくべていた。
「三つまでにお参りしたら、一生火事の厄介にならへん。」と言い、記憶にないが愛宕さんに連れて行ってくれたらしい。
祖母の幼少の頃は明治であるが、お山の道には数軒の茶店があり、休憩しながらの参詣客は土器(かわらけ)投げを楽しんでいたらしい。
父の話では、戦時中に撤去されたが、嵐山から愛宕鉄道とケーブルカーでお参りが出来、頂上にはホテルや遊園地があり、愛宕神社の裏にはスキー場まであったという。
比叡山さながらの様子だったということか、と聞いていた。
修験者らによって全国に広められた愛宕信仰の総本宮は、登り2時間の道のりを徒歩で参詣しなくてはならないのだ。 そのように、愛宕さんは大宝年間の開祖来さながらの信仰の山に戻り、西に聳え立ち、東の比叡山とともに今も京都を見守っている。
愛宕山は京都盆地最高峰の霊山で、都で一番最初に朝日を浴びるところから、「朝日峰(あさひがみね)」という別称を持つ。
さて、大晦日の除夜の鐘よろしく、愛宕さんでは7月31日から8月1日にかけて「千日通夜祭(千日詣)」が執り行われている。
僅か一夜のお参りで約3年分の鎮火のご利益があるというのだ。
おまけにこの日の表参道には明かりが点され、清滝登山口までは深夜バスも運行している。
トレッキングの装いでお出かけになられてはいかがだろうか。
夜な夜な獣道を歩く修験者気分を味わいながら、夏越の夜を登ると、境内は参詣者の人盛りである。
午後9時には山伏姿での柴燈護摩焚神事(夕御饌祭)があり、明けの2時には舞奉奏と神官による鎮火神事(あさみけさい)が行われている。
山岳修業霊場の七高山の一つに数えられる愛宕山。
このお山で天正10年(1582年)、明智光秀は戦勝祈願のために愛宕神社にこもり、本能寺の織田信長を攻めるや否やを占うため御神籤(おみくじ)を引いたとある。
3度の凶の後、4度目に吉を引き、翌日、「時は今 あめが下しる 五月哉」と決意の歌を詠み、「本能寺の変」を歴史に残したと聞く。
感慨に浸りながら梅雨明けであろう夏の夜に、一夜限りの「千日詣」に出かけることにしたい。
総本宮 京都愛宕神社
http://kyoto-atago.jp/
洛中楽話 (仏教大学四条センター)
http://www.bukkyo-u.ac.jp/BUSEC/column/200307/
愛宕神社 (神奈備にようこそ!)
http://kamnavi.jp/yamasiro/atago.htm