晩秋の貴船紅葉紀行
水占斎庭に赤いもみじ浮かびて秋燃ゆる
鞍馬街道の市原、二の瀬を過ぎると、鞍馬と貴船とに分かれる三叉路を示す大きな標識が現れる。そこが貴船口で左手に進路を取ると道なりで貴船神社に行き着く。
青い道路標識の背後に真っ赤なモミジが控え、一の鳥居に覆いかぶさるように迫って見える。標識が無くとも道に迷うことはない。
梶取橋を渡り高架を潜ると、直ぐに叡山電鉄鞍馬線の貴船口駅がある。
駅と貴船神社との2.1キロをピストン運行しているのが京都バスであるが、駅から貴船川沿いに歩く人の姿も見受けられた。
山々の彩りを見上げながら、渓流の音を耳に、のんびりと散策するにはもってこいのところであるかもしれない。片道約25分位だろうか。
立ち枯れしている木々もあちこちにあるが、木々の紅葉がそれをかき消し、塗り替えているようにも見えるから不思議である。
光を受けてキラキラする緋や黄の葉色に、しばしば車が路肩に寄せられてしまう。
誘惑するのはカエデにサクラにイロハモミジ達である。
そうこうして、蛍岩、梅宮橋、蛇谷橋を通り過ぎて行くと、古くより京の奥座敷と称されている料理旅館街が見えてくる。最初に出合う看板には「べにや」とあった。
深紅に緋色、橙に黄色と色とりどりに歓迎の出迎えをしてくれている。
まだ青いモミジもあり、シーズンのいつ訪れても優しく迎えられるようにと出番を待っているのだろう。
緋の毛氈が掛けられた床机も草葺の待合に風情を創り出している。
その足元の散紅葉も赤い。今朝落ちたものである。
「べにや」から建ち並ぶ数軒の料理旅館を横目に、「ふじや」まで来ると鳥居前である。
この辺りまでに車を止められる空き駐車場が見えたら、即座に止めておくのが懸命である。
食事をいずれかの店に予約しておくか、1日1回500円の空いている駐車場を確保するのが先決で、混雑していれば引返さなければならないこともある。
貴船山と貴船川の谷あいに密集した料理旅館街であるからくれぐれも注意なさるが良い。
今回の小生は食事の予定もないので、奥宮の貴船神社駐車場(数台程度)まで直行し、そこへ車を置いて本宮へと下山していく順路とした。七割がたの参詣者は奥宮まではやってこないことを知っているからである。
さて、奥宮に参詣して貴船川沿いに緩い坂を下りながら、結社(ゆいやしろ)を経て本宮まで15分ほどの散策である。これで否応無く三社詣ができるわけだ。
奥宮は鴨川の源流の一つとなる貴船川の起点である。元来、奥宮に本宮があり、水の供給を司る高竈神(たかおかみがみ)の鎮座地で、奥宮本殿の下には大きな龍穴が開き御神体となる神聖かつ重要な場所なのだ。
奥宮本殿に向かって左西側に舟を形どった石積みの「船形石」がある。
神武天皇の母神になる玉依姫が浪速より水源の地を求め、黄色の船に乗って鴨川をさかのぼり、上流である貴船川のこの地に至り、乗ってこられた船が人目に触れないように、小石で積み囲んだと伝えられているものだ。
船形石前に金色の御幣が立てられ、忌み火が献灯できるよう竹筒が下げられていた。
ひっそりとした奥宮は心願成就の霊験新かなパワースポットである。
数本の紅葉樹しか見られないが、大杉の緑との対比だけではない、一番清き水を汲み上げて発色した色が出ているのではないかと思う。
また、奥宮境内にある「連理の大杉」は不思議な姿で、同じ根から生えた杉と楓が合体した珍しい2本の大木で、ぴったりと寄り添っている神木である。
その他に、「思い川(御物忌/おものいみ)」を過ぎたところにも、同根に2本の大杉が寄り添う「相生の大杉」と呼ばれている樹齢千年を超える神木もある。
奥宮の朱色の「桜門」を出ると結社、本宮からの参詣道であるが、この道は恋の道(和泉式部恋の道)と呼ばれている。夫である橘道貞の愛を取り戻そうと思い悩んだ恋多き和泉式部が貴船詣を思い立ち、この道を通い結社から奥宮に参拝していたとのことからだそうだ
鞍馬山と貴船山に挟まれ、人里離れた洛北の山間部にも平安の歴史秘話が残っていた。
その恋の道を下り本宮を目指した。
最端の料理旅館「左源太」の屋根が見える。黄葉の枝下に朽葉色の散紅葉が積もる。
結社は杉木立の中に建ち、その高台から見下ろせる恋の道には色とりどりの紅葉が降っている。「ひろ文」の屋根瓦とコントラストを為している葉色が輝いて見えた。
雲行きが変わり突然のにわか雨に辺りが靄(もや)っているが、紅葉の葉は一層艶やかになる。
朽ち落ちそうな塀から石崖に落ちた緋色のモミジもなかなかの風流を見せている。
川床が外された貴船川の清流は頭上の葉色に微妙に染まっているようだ。
「藤清」「右源太」「仲よし」と、軒がひしめき続く中に少しモダンなカフェ「貴船倶楽部」もあり、「貴船茶屋」の南隣は裏参道の鳥居である。
鳥居の前に篝火が焚かれていた。
立ち上がる白煙が赤い葉や黄色い葉にフィルターをかけるのも山村風情である。
筋向いの「ひろや」の白い壁に紅葉のグラデーションが映え、玄関先には黄葉のイトモミジが置かれ、朱の傘と並んで人待ちをしている風情も良い。
見上げると貴船神社の「龍船閣」が誇らしげに小生を見下ろしている。
いよいよ鳥居前に近付いてきた。せせらぎの中央には旧知の笹岡隆甫家元の花飾りの大作が紅葉を借景に飾られていた。
雑誌などでよく見るアングルが飛び込んでくる。朱の灯籠がのぼり石段に沿って並んでいる。貴船神社の顔になるところである。
手水舎の禊の水で清めていると、名残の貴船菊を見つけた。
本殿に向かい拍手を打とうとしたとき、賽銭箱にある双葉葵が社紋であることに気づく。
一時期に上賀茂神社の末社の時代があった話を思い出した。
本殿の向かいの土手の裾に水占いのおみくじを浮かべる「水占斎庭(みずうらゆにわ)」がある。老いも若きも占いに興じているのは女性ばかりである。
浮かべられたおみくじの真ん中の〇印の中に、大吉など吉兆の文字が、枠内の空欄に項目ごとの運勢が浮かびあがってくるのである。
次から次へと、行列に並んだ人たちが斎庭に、おみくじを浮かべていく。
散り落ちたばかりのモミジも浮かんでいた。
本殿より一段低いところに、見晴台となっている休憩所の「龍船閣」がある。
対岸の鞍馬山の紅葉を手に取るように眺められるところだ。
紅葉狩に訪れる多くの参詣客の目指してくる絶景の名高い場所がここである。
鞍馬山の頂上の雲間から青空が見え出した。
絵にも描けない錦繍の彩りが迫ってくるが、筆舌に表しがたいので他に譲り、あとは、京の奥座敷貴船にご自身で赴いて感じてもらいたい。
貴船は吸い込む空気が美味い、飲む岩清水が美味い。きっとぼたん鍋も美味いだろう。
貴布禰総本宮貴船神社
http://kibune.jp/jinja/
貴船もみじ灯篭実行委員会
http://kibunemomiji.iinaa.net/