三尾の紅葉 明恵を歩く
黄紅の奥山で鳥獣人戯れ、秋深まる
紅葉の名所人気ランキングが俄かに騒がしい。
行ったことのある名所では、全国ランキングで嵐山がトップにあがっている。
これを京都人に向けてアンケートしてみれば、どんな結果になるだろうか。
行ったことがある、行ってみたいともに、嵐山とはならないだろう。
おそらく、紅葉見頃の第一声をあげる高雄の神護寺や大原の三千院、あるいは東山の東福寺などがあがるのだろう。
高雄山神護寺は、清滝川に沿った「三尾」のひとつで、京洛随一の紅葉名所である。
三尾とは、周山街道沿いに位置する栂尾(とがのお)、槙尾(まきのお)、高雄(たかお)の総称で、それぞれに栂尾山・高山寺、槙尾山・西明寺、高雄山・神護寺と、古来よりの名刹として知られる。
嵐山の北方、三尾の一番奥に位置するのが栂尾の高山寺である。
紅葉の名勝として知られる静かで風情のある山寺は、古都京都の文化財として世界文化遺産に登録されている。
明恵上人(1173〜1232年)が住まいとしたと言われる鎌倉時代に作られた国宝「石水院」が残り、他にも「開山堂」、仁和寺から移築された「金堂」、栄西ゆかりの「日本最古之茶園」などの見所がある。
石水院では、広く知られるところの国宝「鳥獣人物戯画」の模本を目にするが、誰もが声をあげるところである。
しかし、建造物以外にも多数の文化財を所蔵しているものの殆ど非公開なので、高山寺では、静かな紅葉を体で感じることに徹し、散策することが肝要である。
境内には裏参道と表参道とがある。
栂ノ尾のバス停からは裏参道の方が近い。既に、バス停のところで、紅や黄に染まったもみじが入り乱れ、歓待してくれている。
裏参道の標識を見て坂道を上って行くと、足元は時にもみじを踏み分け、頭上には境内を彩る錦繍が降り落ちてくる様を見上げることになる。
その静寂の中に、兎が飛び出し、蛙が踊り出してきて、紅葉の宴があっても可笑しくない気がする。まるで鳥獣戯画に描かれたようにである。
石水院や開山堂を経て一番奥にある金堂まで進むと、グラテーションの楓の衣を纏うように金堂が見える。石段を上り参詣したあと、境内散策の道を戻る。
石水院の縁に腰を下ろし、将来を嘱望されても俗縁を絶ち、観行と学問に励んだ明恵上人を想い、しばし高山寺の空気感を肌で感じた後、表参道から下山する。
表参道も紅葉黄葉に包まれ、大きな菱形の何枚もの踏み石が一直線に伸びている。散紅葉の頃には、辺りは敷紅葉に石の文様が浮かぶ構図が浮かんできた。
高山寺のある栂尾は、古代より山岳修行の地として小寺院が建ち並んでいたという。
今の高山寺は、奈良時代宝亀5年(774年)、光仁天皇の勅願で建立されたとの伝えもあり、平安時代には神護寺の別院とされ、神護寺十無尽院(じゅうむじんいん)と称され、神護寺本寺から離れた隠棲修行の場所であったと伝わる。
その後荒廃し、鎌倉時代建永元年(1206年)、華厳宗の僧明恵34歳の時に、後鳥羽上皇から栂尾の地を与えられ、「日出先照高山之寺」の額を下賜されたと伝える。
近年の1966年、仁和寺による双ヶ丘売却に抗議し、真言宗御室派から離脱し、真言宗系単立寺院となった歴史を持つが、いかにも高山寺の寺風が感じられる。
周山街道に出た。
茶店での休憩もできず、道なりに西明寺へと清滝川に沿うように急ぐ。
渓谷の紅葉を眺めながら歩いていると、頬を染めんばかりに色づいた木々を何度も見上げる。
暫く歩くと西明寺の標識が目に入る。高雄への上り坂の手前である。
周山街道から138号線に入り、清滝川に向かって深い谷へと下りて行く。
高雄に近い槙尾も、静けさの中に紅葉を見られるところである。
槙尾山・西明寺は真言宗大覚寺派の寺院であった。
寺伝によれば、天長年間(824〜834年)に空海(弘法大師)の高弟智泉大徳が神護寺の別院として創建したと伝える。
その後荒廃したが、建治年間(1175〜1178年)に和泉国槙尾山寺の我宝自性上人が中興し、本堂、経蔵、宝塔、鎮守等が建てられた。
正応3年(1290年)神護寺より独立したのち、兵火により堂塔は焼亡したが、慶長7年(1602年)に明忍律師により再興され、現在の本堂は、元禄13年(1700年)桂昌院の寄進により再建されたものとある。
更に興味を惹かれるのは、本尊である釈迦如来像は高山寺明恵上人の造顕と伝えられ、高さ51センチの小像の胎内には、永承2年(1047年)の墨書銘が印されていることだ。本尊参詣の興奮が増してくる。
茶店が見え、「槙尾山聖天堂」の石標が見えると、その先の朱色の橋を渡ればよい。
清滝川にかかる朱の橋は「指月橋」で、橋の向こう岸に見える石段が槇尾の西明寺の参道である。
指月橋で出迎えている紅葉だけで、充分紅葉狩りを満喫できると言ってもよい。
誰もが、指月橋辺りの木々を見上げ溜息を漏らしている。
清滝川を見下ろしながら、右に左に目を奪われ橋を渡ると、大きな灯籠と楓がある。
折れ曲がった石段をゆっくりと上る。中腹では紅く染まった楓の隙間から、川の流れが垣間見える。
表参道となる坂と石段の途中には、奉納されているいくつもの灯籠が立つ。
行き着くと表門と紅葉の木々が、またもや出迎えてくれている。
表門を潜ると、手狭な境内に灯籠や鐘楼が現れ、歩きながら谷の方向に目をやると、紅葉・黄葉がぎっしりと彩りを見せている。境内の灯籠や鐘楼の背後に紅葉が映りこむ風景が存分に楽しめるのである。
おまけに、苔むした灯籠に舞い降りたもみじの葉が止まる。そんな間合いにも出会える場所だった。
紅葉が映りこむ景色は、本堂に上がってからも見られた。
なんと、開け放たれた障子戸の先の庭の紅葉を背景に、舎利がその陰影を表わしている。
そして、穏やか陽の光が、畳の目に楓の葉を映し、畳の一目一目を追っているのだ。
抹茶の点てだしをいただきながら、そんな時の流れの中に身を置かせて貰えた。
再び庭に出て、裏参道に向かいながら、季節の移ろいを楽しむ。
振り返ると、本堂の裏山の土手から、燃えるような橙色が青い空に向かっていた。
裏参道を下りて行き、灌頂橋で清滝川を渡り、清滝川沿いの道に出た。
清滝川の水は透き通りきらめき、陽を浴びた紅葉を映し出していた。
次に向かうは神護寺である。