Music Cafe OOH-LA-LA 1

「夢とか野望って、あるやろ?」
それが当然ってとこから話は始まる
 同店のオープンは’00年6月1日。先頃、まる6周年を迎えた。オーナーの小原増男氏は同店を開けるまで、建築の仕事をしていた。「もともと左官屋さんで、タイルを専門に扱う仕事をしてた。バブルの頃って、タイルがめちゃくちゃ流行ってたんやけどね」。問わず語りにプロフィールを話し始めて下さる。「もうちょっと夢のある話しぃや」とスタッフが即座に混ぜ返すが、顔は笑っている。「バブルの崩壊と阪神大震災以降、タイルは(建物の)外部に、2階より上やったかな、手貼りしたらアカンようになったんよ。需要が10分の1とかになっちゃった。風呂はユニットやし、台所はキッチンパネルになったし。最近はわざわざタイルを貼るところがない。そもそも左官工事ってのがなくなったからねぇ。和風建築ってないですやん?」。意外な商売の話を教えていただくものである。本当に、人生って色々だ。
 「昔っから、好きな音楽を聴きながらやれるバーって言うか、喫茶店を、歳いって金ができたらやりたいと思ってたんやけど、どうしようもないやん?(笑) 仕事してても金貯まるどころじゃないし(笑)」。夢としては、ずいぶん以前からあった計画ではあった。「そういうの、ないか?」。つまり「夢って、あるやろ?」。ライオンヘアのような長い髪に、ちょっと神経質そうな風貌。逆に真顔で尋ねられてしまい、答えに窮してしまう。

仕事を見切ったのではない
野望を前倒しにしただけ

 「今年48歳になります。指示出すだけの立場とかになったら別やけど、50歳になったら(建築の仕事は)何もできひんし、借金しても生活のために50万や100万借りたって食いつぶして終わりやし、それやったらゴソッと借りて店を出そうと」。開店は41歳だった。それまでの仕事に見切りを付けたというよりは、夢を前倒しにする腹をくくった。「店がアカンかったら借金だけ残るけど、6年やってきて、借金返せたから」。誇らしいという顔でもなく、苦労したという顔でもない。何というか、自分の立っている位置を確かめるような、「確たる顔」で言う。「金貯めて…、なんて、絶対できひんもんやで(笑)。また新しい店をつくってる。何やったらそっちも取材してくれへん?(笑)」。それもライヴハウス? 「いやもぅライヴハウスはここでえぇやん?(笑) ライヴハウスって、ものすごい効率の悪い場所やから。普通の飲食店やったら2回転、3回転、時間があればお客さんが順番に入ってきて出ていってってできるけど、ライヴハウスってのは、オープンしてガッとお客さんが入ってきて、ライヴ終わったらすぐ帰る。最近の若いヤツは特にそう。ひどいヤツは自分の演奏が終わったら帰りよる。そうなるとその時に入った20人とか30人の売り上げでやっていかなあかん。リハが終わればメシ食いに行くし、ライヴが終わったら打ち上げに行く。『どこ行くねん?』ちゅう話になるやろ? そやったら近所にもう一軒あったら、歩いて5分ほどやしそっちへどうぞと(笑)。それに、借金返し終わったら何か寂しいやん?(笑)」。

チケットすら取れるかどうか解らない
豆粒みたいな生演奏じゃなくて

 ライヴハウスとは? という質問を投げかけると、沈黙が返ってきた。「う~ん、例えば音楽が好きな人間がおる、と。その中に演奏がしたい立場の人間と、逆に演奏を観に行きたい人がおる、と。情報誌を見たら確実に色んなところでやってるけれども、コンサートっていう形になるとチャージがめちゃくちゃ高いやん? 外タレやったら1万円が当たり前とか。そのチケットも取れるかどうか解らなかったり。そこで気軽に演奏を観て楽しむっつったら何か?と。コンサートなんて(手で豆粒ほどの大きさをつくって)こんなんしか観れへんしね。東京に泊まり込んで一週間で5回ぐらいストーンズを観に行ったけど、全然見えへん。僕らが演奏を観に行くキッカケになったのは、ライヴハウスに行ったらいつでも観れるっていうとこからやった。高校生の頃なんて、拾得に3日とか2日に1回、『また来たんか!?』言われるぐらい(笑)。なんぼレコードを聴こうが、実際の演奏が面白いかどうかは解らへんもん。目の前でやっとって、ライヴの楽しさを一番最初に教えてくれたのがライヴハウス」。
 これまではライヴと言えば、生演奏全般を言うものであって、生で観たり聴いたりするものを総称してきた。当たり前と言えば当たり前だが、小原氏は「コンサート」と「ライヴ」を「距離」というゲージで住み分けている。これも当たり前なのだが、その近さにこれほど重きを置き、力説されたのは初めてかもしれない。
 さらに、「自分の目当てのバンドさえ観れたらえぇねんという感じやったら、気楽に出入りできる方がいい。スタンディングでね。でもゆっくり観たい、楽しみたいと思ったら、立ってたら足も疲れるし座って居たいわけやん? 最低でも2時間以上のステージがあるんやから喉も渇くし腹も減る。映画にしたってジュース買ったりポップコーン買ったりするやん。(その場所から)出ていかんと物を買えへん食えへんというのは、その場所にジッと居てられへんということ。だからやっぱり娯楽の設備の一部に、食べも飲みもできる総合的な、『基本的に飲食店』がライヴハウスの形に、結果的になる。ウチよりメニューが多いとこはないと思うで」。ライヴ好きなだけではない、「ライヴハウス好き」なのだ。

フェイセズが一番好きで、次がストーンズ
まぁそれは、どうでも良いんだけれど

 小原氏自身はロン・ウッド、ロニー・レインらが結成した「フェイセズ」が最も好きなバンドで、中でもヴォーカリストのロッド・スチュワートに惚れている。次に好きなバンドを問えばローリング・ストーンズ。エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジャム…、店の壁に貼られたポスターの数々も、たいがいが ’60年代から ’70年代のブリティッシュ・ロックの面々だ。店名もフェイセズのアルバムの名前にちなむ。「(自身が)ホンマに音楽やってたっていえるのは、’70年代から’80年代の中頃までかなぁ。同世代で言うたら『ボ・ガンボス(当時はローザ・ルクセンブルグ)』のどんと、『INU』の町田町蔵とかかな。あの辺の連中は、僕らが普通にライヴやってる時に見かけたねぇ。ほんでパンクとかニューウェイヴとかが流行りだして、僕らの好きやったロックンロール系のバンドが相手されへんようになったからやめたというのはあるなぁ」。少し切ない思い出だ。
 「今はオルタナ系で、ジャズを基本にしてるけど爆音出してるようなのが、新しいんじゃ、ないんですか? この店やり出してから『うるさいなぁ』と思ってたようなバンドでも、『変わったことやってるなぁ』と思えるようになった。どんなモンにも『美味しいとこ』ってあるやん? パンクにしたってニューウェィヴにしたってジャズにしたってね。色んなとこ聴いて、その美味しいところを上手いこと使って美味しく仕上げてるなぁ、っていうかちゃんと『音楽として仕上げてるなぁ』と。ちゃんとメッセージを持ってたり、パワーを持ってるヤツらってのはおるもんで」。
 「音楽好き」という不文律があって、「自分の好み」というフィルターを通すと少し幅が狭くなる。それは自然なことだ。だがこの店を開けたことで、否応なく新しい音を聴いて、その幅が広くなったのではないか。それは「ビジネスのため」という狭量なものではなくて、もっと自然な感情で。フィルターを通す前の耳に戻っていると言うべきなのだろうか。それは「新しいモン以外に、値打ちあるか?」という言葉が表している。

ヴィンテージギターやアンプに
値打ちはあるのか?という話

 「古きゃえぇってなモンでもないし、表現なんちゅうモンは新しいモンでないと意味ないよ。オールドのギター買ぉたりアンプ買ぉたりしても、結局それは『前にあったモン』で、実際値打ちがあるかっていう話。『面白い』と思うのは、それが例え今まであったものでも、初めて聴いて『あ、こんなのがあったんや!』っていう自分にとっての新しい感動やろ? だったら『昔は良かった』って言うてるヤツは頭が止まってるとしか思えない。今の若いコらが新しいことを生もうとしてやってることが一番おもろい。昨日よりも今日やし、今日よりも明日。色んな音楽を聴いてさ、出てくる新人たちの方がおもろいに決まってるやん。だから僕は少なくとも今をはかなんではいぃひんなぁ。今日はどんなヤツらが出てくるんや? 明日は? という興味の方が大きい」。そのために、使う道具がギターであろうが、ターンテーブルだけであろうが全く構わない。
 「サンプラー一発でものすごい面白いことやるヤツいっぱいおるしね。言うたらジャズとロックの融合やったりとか、ジャズとパンクの融合であったりとか、それまではBGとして鳴ってたものを、どんどん若いコが違うもんにしていく。もちろん技術もどんどん上がってるしね。テクニックはむちゃくちゃあるけど爆音出したりとか、’70年代にフランク・ザッパがやってたりとかもあるんやろうけど、今の世代のメロディラインであったりとか、新しいものをつくっていってるからね。芸術にしたって何にしたって、生まれたその瞬間が一番新鮮なんやんか。『一番新しく出た音』が」。その瞬間瞬間にアップデイトされているライヴの、自分の最新型を聴いて欲しいと語ってくれた、今年の5月号でインタビューした大沢伸一氏が言っていたことと全く同じだ。問うような、ただすような、そして叫ぶような、実に魂の入った話しぶりなのである。力説、という言葉より、一生懸命喋る、という表現の方が近い。

ライヴハウスとは、見せ物小屋
結局シンプルな言葉が活きてくる

 元々が門外漢だから、ブッキングに関しても走りながら学んできた。ヒマな日があればよそに観に行って引っかけてくる。「ウチは有名人は来ぃひんけど、それでも遠藤ミチロウであったりとかは好きやから、観に行く。で、『よければウチもお願いします』と言うて名刺を渡してくる」。三顧の礼で…、という感じではなく、好きで観に行くついでに…、という感じである。「あんまりうるさく来て下さいっていうてもイヤがられるやん?(笑)」。下手に出たくないということではなく、相手の立場に立った感じである。「『あの人、新しいモン好きなんで、新しいライヴハウスをいつも探してるから呼んでみるわ』いうて三上寛さんを紹介してもらったり。ちょっとずつ広がった。網はってたらかかるもんやなぁ、みたいな感じ(笑)」。
 所属事務所やイベンターと関わることもほとんどないという。「オーディションなんかもないよ。基本的にジャンルは決めてないし。他のパフォーマンスにしても、おもろいことって、どこにあるか解らへんやん? ヴィジュアル系やからおもろないとか、ジャズやから若いコは聴かへんとか、そんなもんは一切ない。例えばお笑いのステージにも楽しいことはいっぱいある。そもそも『ライヴハウスに人は何をしにくるのか?』っていうと、『楽しみに来る』わけやん。そしたら『笑い』という楽しいことを見せられたらそれでえぇ。だから『落語会』をやってたこともあるし。ちょっとでも楽しい思いをして欲しいと思うから、タイバンの組み合わせも考えるし、色の合うバンドで一日組もうとこっちは思うわけやん。その日のパフォーマンス全体を見て考えてバンドも選び、出順も選び、観に来た人が最初から最後までゆっくり楽しんでもらえるように考えてるんやから、出順がどうのこうの言うバンドには『ほな帰ってくれてえぇよ』って言うたことは何回もある。けど下手やから出さへんと言うたこともないし、色が合わへんから出さへんと言うたこともない」。
 要は、結果的に音楽が多い。というだけであって、映画でも芝居でも良いし、落語でも漫才でもマジックでも良いのである。さらに言えば、色の違うバンドが一日に集まって、主客含めて仲良くなっていけばさらに嬉しい。細々と質問を重ねても、全てはその「小原的ライヴハウスの定義」に帰着する。話の合間に、小原氏がつぶやいた「見せもの小屋やなぁ」という一言が、何よりも言い得ているのかもしれない。
to be continued…