clubfameの歴史

カウントダウン!'09

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 今年に入ってからは、ご愛読いただいている読者の方はお分かりであったろう。Xデーはヒタヒタと迫っている。「世間に負けた」てなことを言うつもりはないし、原因は他にもいろいろある。そんな中で、つくり手として非常に手応えを感じたのが3月号「お魚じょうず」[46]だ。「日本酒+魚」という、日本人の基本飲食の復調と、そんな店が増えていることは嬉しかった。
 5月号「エコ特集」[47]は、メディアの使命を果たしたつもりではあるが、実に難しい号であったことを白状しておく。
 6月号「おにかいカフェ」[48]。言葉どおり、2階部分にあるカフェ・喫茶の特集は、これはラーメン店にも言えることで、良い店はアクセス不問というか、目指す店としてそこにある、という実証でもあった。
 7月号「フレンチ特集」[49]は、イタリアンやスパニッシュだけでなく、京都にフツフツと湧き出つつあるフレンチの世界を、時系列的に、また職人の系譜(師弟関係)としても切り込んでみた特集である。
[50]シメはラーメンで
雑誌 京都 ClubFame
 そしてついにやってきた休刊記念号「シメは、ラーメンで!」[50]。もちろん、歴史の節目と、飲んだ後のトドメという意味を「シメ」でかけている。ラーメンは、それこそ全国各地でこぞって取り上げられているモチーフだ。その中で、少なくとも京都においては、本誌は他の何より信憑性を持っていると思う。取材にまわっている間にも、そのことは実感できたし、残念がってくださるラーメン店の声(それ以外の店や人も)こそ、本誌の実力だと思う。
 ここまでご高覧いただいて、何かの記憶や気分に訴えられたら嬉しいと思いつつ、最後にお願いを書く。雑誌を手にしたら、「使う」だけでなく、「見る」だけでもなく、「読んで」欲しい。出版物や活字というのは、意志を伝達する道具であって、そう使われて初めて「媒体(=メディア)」となる。視覚情報だけで成り立っているものだから、雑誌からは音も聞こえないし、匂いもしない。だからこそ、書いてある言葉から想像して欲しい。
 そうでないと、これからも多くの雑誌が休刊に追い込まれてしまうと思うし、言葉もなくなってしまう。

「CF!だけは休刊はないと思ってました。老舗やのに…」
 そんな言葉をうかがうたび、嬉しいやら寂しいやら申し訳ないやら…だった。でも老舗だろうと何だろうと、今が淘汰の時であることは分かっていたことだ。
 「100年に一度の…」と言っても、雑誌はきっとゼロにはならない。「世間に負けた」みたいで厭だから、「不況がどうこう」とは言わない。他にも色々あって、ついに最終号となった。しんみり終わるのも柄じゃないので、巻頭特集は派手にラーメンにした。
 街と正面から(時には裏側から)向き合ってきたとか、街を検証してきたとか、本誌がやってきたことについて言えることはたくさんあると思うし、できなかったこと(やらなかったこと)もたくさんある。とにかく「そこに何があるか?」より、「誰がなぜ?」を大切にしてきた。
雑誌 京都 ClubFame
 本誌が何を成してきたかは、10年後、20年後の歴史が教えてくれると思うし、京都という街と関われたことが、誇りであり、「惜しまれること」が、何よりの財産であると、今は思う。
 関わってくださった全ての方々に多謝し、人間が言葉と想像力を失わないことを願って、筆を置く。