京都ミステリー紀行 方広寺七不思議 九頭竜門, 伏見街道七不思議, 国立博物館, 崩れ門, 御影塚, 方広寺, 智積院, 梵鐘の内側に浮かぶ淀君の影, 泣き石, 洛中七不思議, 淀君, 烏寺, 熊谷直実, 石川五右衛門, 石川五右衛門の隠れ家, 耳塚, 赤牛の影 2012年12月18日 〜世の中は「不思議」に満ちている〜 前回のお話で方広寺七不思議の事を少し書いたら、「それはどんなものですか」というメッセージをいただきました。 そこで今回は方広寺七不思議を紹介する次第。 七不思議といえば知恩院が有 […]
京都ミステリー紀行 後陽成天皇と朝鮮出兵 京都国立博物館, 史記, 大仏物語, 天皇の書, 後陽成天皇, 方広寺, 朝鮮出兵, 耳塚, 豊国神社, 豊臣秀吉 2012年12月11日 〜「あの戦争」はみんな反対していた〜 つい先日まで京都国立博物館で「天皇の書」の展覧会があった。それに絡む話題を取り上げる。 展覧会に天皇から朝鮮出兵に関する豊臣秀吉へ宛てた手紙があった。 また朝鮮出兵というと耳塚 […]
京都ミステリー紀行 珍無類、京都の大仏物語(その5・大仏最後の受難) 5代目大仏, 三十三間堂, 大仏前交番, 大仏変電所, 方広寺 2012年10月30日 〜大仏様の数奇な運命は悲劇か喜劇か?〜 数々の災難を受けてきた京都の大仏様だが、次々と潰れていく割には次々と再建されて、結構しぶといのである。 踏まれても蹴られても野に咲く花のようにたくましい。 この「しぶとさ」が […]
京都ミステリー紀行 珍無類、京都の大仏物語(その4・大仏さらに受難) 5代目の大仏, 寛永通宝, 方広寺, 銅銭 2012年10月23日 〜大仏様の数奇な運命はどうなる?〜 豊臣家は滅んだものの、京都の大仏様は残った。 ところがその3代目京都の大仏にも災難の降りかかるときが来た。 今度は寛文2年(1662)、またもや地震で大仏様は潰れてしまったのであ […]
京都ミステリー紀行 珍無類、京都の大仏物語(その3・大仏また受難) 2代目の大仏, 3代目の大仏, 京都大地震, 君臣豊楽, 国家安康, 大坂の陣, 方広寺, 秀頼, 角倉了以, 豊臣秀吉, 高瀬川 2012年10月16日 〜大仏様の数奇な運命は続く〜 さて、豊臣秀吉が造った初代の京都大仏は慶長元年(1596)の京都大地震で大仏殿もろとも倒壊してしまった。方広寺そのものが崩壊したのだが、何と千手堂と改名されていた三十三間堂は残った。 普 […]
京都ミステリー紀行 珍無類、京都の大仏物語(その2・大仏受難) 6丈3尺, 三十三間堂, 京都大地震, 千僧供養, 千手堂, 方広寺, 聚楽第, 豊臣秀吉, 高層化 2012年10月9日 〜大仏様の数奇な運命が始まる〜 前回で書いたように、秀吉が創った初代大仏は6丈3尺(19メートル)だった。奈良の大仏より大きい。しかも大仏殿は地上から最頂部まで45メートルあったという。 まさにその当時の最先端の技術 […]
京都ミステリー紀行 珍無類、京都の大仏物語(その1・建立前史) 6丈3尺, 後白河法皇, 後陽成天皇, 方広寺, 正親町天皇, 漆喰, 漆黒, 豊臣秀吉 2012年10月4日 〜かつて京都には大仏様がおられた〜 「京都の大仏」というと「京都に大仏なんてあったのですか」と言う人も多いと思う。あったんですね、ほんの30年ほど前まで。当然、今はなくなっているわけだが、そのなくなり方というのがハンパ […]
京に癒やされ 秀吉が京都に残したもの ねね, 伏見城, 大坂夏の陣, 太閤坦, 女坂, 妙法院, 後陽成天皇, 新日吉神宮, 方広寺, 智積院, 木下藤吉郎, 朱印貿易, 東山七条, 東本願寺, 枳殻邸, 正面通, 渉成園, 神門, 織田信長, 豊国廟参道, 豊国神社, 豊臣秀吉, 阿弥陀ヶ峯, 鰻の寝床 2010年5月18日 うなぎのねどこに詰まった都びとの智慧 初夏の光の風を受けながら横断歩道の信号が変わるのを待つ。 東山七条の交差点である。右前方の勅使門は智積院、左前方の土塀は妙法院である。 その間の広い坂道が東山連峰に向かっている。坂を […]
京に癒やされ 京の大仏さんを訪ねて 京の大仏, 京都国立博物館, 国宝松林図屏風, 寛文大地震, 方広寺, 木製金漆塗坐像大仏, 横山華山, 狩野内膳, 秀吉, 豊国神社, 豊国祭礼図屏風, 長谷川等伯 2010年5月11日 天災人災、気まぐれに巻き起こす歴史のいたずら 「ときは、桃山 天下を夢みた絵師がいた。時代を駆け抜け、伝説となった。」 このコピーに吸い込まれ、東山七条界隈で過ごす日曜日とした。 等伯に、秀吉に、京の大仏を訪ねる一日であ […]