「自宅」と 、「鴨川」と 、「自転車」と 。
焦らし上手な女神様と、神様の贈り物
ようやく叶った、インタビューである
過去、弊誌で彼女にインタビューをする「予定 」が二度あった。相思相愛ながら、諸事情で実現しないまま、そして女神は、三度目にようやく微笑んだ。「神様からの贈り物」なるものが、本当にこの世にあるのなら、それは彼女の声を言うのだろう。彼女が最も好きな季節だというこの時期にインタビューが叶ったことも、神様からのプレゼントと思いたい。
「あぁ〜。そう言えばそうかもしれませんね。『え?この人京都出身だったの?』っていうことはありますよねぇ」。ハタと思い付いたように彼女も言う。「京都出身」を声高に謳う者が少ない(と思える)業界で、彼女の「京都好き」は有名を通り越して代名詞と言っても良い。これほどまでに京都を「好き好き大好き」と言うことに抵抗は「全く無かったですね(笑)」。
春に始まり、春に終わる。「CALENDAR CALENDAR」という、彼女の一年をしたためたアルバムがリリースされた。一番好きな季節を問えば「今、ですね」。秋から初冬が最も好きだという。「夏が嫌いっつーのもあるんですけど(笑)」。季節をテーマにしたアルバムのリリース直後でも、サラリと個人的なコメントをもらえたことを、また神に感謝する。この季節が好きな理由はシングル「ゆびきり/星降る夜のクリスマス」の内容と符合する。「そうですね。春も好きなんです。春って、華やかで色んな人と出会って、新しいことがいっぱいあって、すごく楽しい。で、例えば好きな人と盛り上がった夏を過ごして、秋で落ち着く。その『落ち具合』がすごく好きで。そこで気が少し緩められたり、まったりしたり。シングルについても、ゆびきりしなくてもいいっていうぐらいに『ふたりの心が重なってきたな』という心持ちが、自分としては秋とか冬とかなんですね」。彼女が言う「落ち具合」というのは、相手が人でも環境でも「自分を預けてしまえる」という感覚だ。
「自宅」と 、「鴨川」と 、「自転車」と 。
These are a few of my〜 私の好きなもの。
大好きな京都の、大好きな季節。今は東京住まいだが、出身地と向き合うスタンスは、「行く」と思うか、「帰る」と思うか。その一言で全て解るものだが、「あ〜、そうかそうか」と、改めて気付いたように呟くほど、彼女にとって京都は当たり前に「帰る」場所。
何故好きか? を問うほどの愚問もあるまい。「うん!キリがない(笑)」。だが粘る。好きな順から頭みっつを挙げて下さい。「頭みっつ?(笑)。ひとつは自宅」。即答である。両親と兄と姉に囲まれて育った家。音楽に関しては、姉の影響が大きかった。前作のアルバム「COVER GIRL」で唄った「チェリー」。スピッツの存在を教えてくれたのも姉だった。「姉としてはちょっと自負もあると思うんですよ。『私の方が先やった』と(笑)。でも私が唄うことについては、いつ何どきでも自分の事のように反応してくれます」。
ふたつめは鴨川。「ライブもやってましたけど、音楽だけじゃなくても、高校も近くで、画を勉強してた頃も、本を読んでた時も、好きな子のことも、漠然と自分の将来のことも、色んなことを鴨川べりに座って考えてましたから。お金払って行くわけでもないし、ごくごく自然に、すごく好きです」。鴨川を愛する人のランクは間違いなく上位だろう。「そうっスかねぇ」とボーイッシュに答える彼女を、勝手に暫定全国三位に認定して差し上げた。「ありがとうございますっ(笑)」。
さて、みっつめ。「難しいですねぇ…。そう、一と二だけが頭抜けてるんですよ。もぉ『一、二、たくさん』で(笑)。ただ『残して欲しい』という意味では、自転車で走りやすい場所は残して欲しい」。彼女を語る上で外せないキーワードが、勝手に出てきた。勘が良いのか、察していただけているのか、何とやりやすい。京都と自転車もまた、切っても切れない縁である。
日常的な、それはあまりにも、
京都にとって身近なお話しの数々。
今までは、毎日のように見てきた京都。今は2カ月に一度のペースになった。それまでは気にならなかった小さな変化が、大きく感じられることもある。本誌ではお決まりのような意地悪な質問なのだが、「変わってくれた」ことよりも、「変わっちゃった」ことを、これからの京都に活かしたい。
「う〜ん。なるほど…。いくつかあるんですけど、それが正しいかどうかもありますし、ちっちゃいことでも、いいですか…? また自転車のことなんですけど(笑)。何回も持ってかれちゃってるんですよね。はは…。(そこいらに)置く私もダメなんです。ダメなんですけどっ(笑)、でも自分は車椅子の方が通る邪魔にはならないようにとか、自分の中では迷惑にならないような場所を選んでるつもりなんですよ。それでね、反省して駅前の駐輪場にちゃんと停めてた時期もあるんです。でも、撤去の日になると一気に駐輪場が満杯(笑)。これは何とか。ホントにね。行政の方に(笑)。有料でもいいです。駐輪場をもっと…と。あと、すごいショックだったのが、真っ昼間の、まだお散歩とかできる時間やのに、鴨川の川床の間近で若い人が花火をバンバンやってるんですよ。煙たいしうるさいけど注意もできないんで(笑)。変わったなぁと(笑)」。
大学時代から気に入ってよく行く店はあるが、「なんて言うんですかね。あんまり『常連さん』みたいなのは好きじゃなくて、普通にそこが好きだから行って、お茶飲んで帰るっていう感じで」。例えば木屋町あたりの常連文化などは一片も感じないのだが、「あんまり社交的な方じゃないんで、京都に近い仲間というか、集まって固まっちゃうっていうのはあるかもしれませんね」という言葉を聞くと、純度の高い京都を保っているのだなと思える。
これからの、大好きな京都には、
こんな風であって欲しいと思う。
両親と兄姉がいて、家があって、駐輪場ができて、昼間の鴨川に花火は上がらなくなったとして、そして京都はどんな場所であり続けていて欲しいのだろう。
「服屋さんに行った時に思ったんですけど、『京都ブランド』ってのが乗っかってると思うんですよ。それが普通なら7〜8000円の物が1万いくらになってる理由ではないかと。まぁそういう(京都色の強い)格好いい店やし、というのは解るんですけど、そうではなくて、もっと普通の目で、自分たちが選んだ物を見て評価して、人
に渡していくというのを守ってこそ京都なんじゃないかなと」。ブランドはいつか消費されていく。一部では京都バブルと感じられている危機感。「そうそうそう。もぅ何年後かが心配っていう感じはありますね」。
こういう考えの持ち主には、今の京都にある余計なものは見て欲しくないし、知って欲しくない。知ってしまっても、彼女が京都を嫌いになることは、ないだろうけれど。
京都に戻れば、移動は自転車と、電車。取材場所にも車ではなく、喜んで電車に乗って現れた。「電車に乗るとすごい安心するんですよ。喋ってる人の言葉が、自分にとってはすごく懐かしいものだから。これは自分でも良くない傾向だと思ってるんですが、『(電車内で京都弁を聞くだけで)あぁ、みんな良い人やなぁ』と(笑)。これってヤバイですよね(笑)。でも京都のテンポは守って欲しいな」。きっと大丈夫だ。こう思える人には、禍の方が遠慮する。ヤバいことはないだろう。
「帰郷が一年に一回とかいうことは、ぜっっったい、ないです」。さすがに帰る理由の全てがオフと言うほど有閑ではないが、「仕事で帰って、その後の一日、二日を過ごすとか、ライブやアルバムの仕事が終わって、曲づくりに入るときとか」。彼女の曲は、そのほとんどが家で生まれる。それほどまでに大切な場所に帰ってきたときは、左京区周辺から街なかまで、近所の本屋へ飲食店へ…「プラプラしてます(笑)」。
つじあやの。全ての音域で変わらない、ファルセットに行くか行かないかの絶妙な線上にある、時にもどかしいまでの天使の声を聴き、誰もが安堵し、朗らかさを思い出す。今日もどこかに、自転車でスイスイ走る彼女がいる。あまりに自然に、溶け込んでいるから、誰も気付かないかもしれないけれど。だからこそ、シンガーとして、女性として、人としての彼女であるのではなかろうか。
取材が終わり、去り際に彼女は言った。「編集部に、大学のサークルの後輩がいるって聞いたんですけど、私、途中でサークルを辞めちゃったんで、先輩がその後どうしてはるのかとか、知りたいんです。また今度で良いので、教えて下さい」。少し申し訳なさそうに言う彼女を見て、さらに彼女の声と歌が支持され、愛される理由が解った気がした。
オフィシャルサイト http://www.tsujiayano.com/
ブログ http://ameblo.jp/tsuji-ayano
(インタビュー2005年秋)